第35話 悲喜交々の借り物競争
着替えの間に競技は始まっていた。邪魔にならないよう、ひっそりと戻るつもりだったのに、クラスの観戦席に行くと
「姫! おかえりなさいませ!」
「応援ダンス、最高でしたよ!」
「チアガール、めちゃくちゃ似合ってました!」
「ユーリ姫と息ピッタリでしたね! ナイスコンビです!」
「あ、ありがとう……」
控えの生徒達にわっと話し掛けられ、苦笑いが漏れる。対岸では同じように棗先輩が取り囲まれていた。あんなことのあった後だし、大丈夫だろうか……。
「それにしても、衣装のハプニングは大変でしたね」
「あれって、ハル姫はユーリ姫を庇ったんですよね!?」
「ハル姫の優しさに、我々一同、感動致しました!」
「ハル姫は、やっぱり天使です!」
「は、はぁ……どうも」
気のせいか、皆の視線が胸元に向いている気がして落ち着かない。改めて意識すると、今更になって己の行動が堪らなく恥ずかしくなってきた。
でも、棗先輩一人にそういう想いをさせたくなかったしな……。
「陽様、お疲れのところ大変申し上げにくいのですが、借り物競争の出場選手が控えに集まっているようです。陽様も移動なさった方が良いかもしれません」
間に割り込むようにして、御影さんが声を掛けてきた。安堵して肩の力を抜く。
「あ、もうそんな進んでるのか。分かった。行ってくる」
「行ってらっしゃいませ。ご健闘をお祈りしております」
クラスメイト達からも「行ってらっしゃいませ」の大合唱を浴びて、オレは一息つく間もなく席を立った。
向かった先、控え選手の列には見知った顔があった。
「日向くん!」
「朝倉。朝倉も借り物競争だっけ?」
「うん。日向くんも?」
人懐こく微笑む彼の頭には、棗先輩と同じ赤色の鉢巻が巻かれている。この学園の体育祭は、奇数組(赤)と偶数組(白)に分かれて互いの総合得点を競う、単純な紅白戦となっている。つまり、オレと朝倉は敵同士というわけだ。
それでも朝倉は、「お互い頑張ろうね」と無邪気に笑う。まぁ、勝ったところで、MVPクラスにならない限りは特に何の褒賞もない訳だけど。(ちなみに、MVPクラスは全員に一週間分の学食無料券が配られるらしいけど、これも姫であるオレには正直関係ない)
「ところで、さっきは大丈夫だった?」
不意に眉を下げ、声を潜める朝倉。
「まさか、衣装に不備があったなんて……ごめんね、僕もそっちに行きたかったんだけど、蝶野先輩に止められて……僕がまだ被服部姫担当として未熟だからだよね……頼りなくて、ごめん」
そっか、居ないと思ってたら蝶野先輩が気を利かせて朝倉を現場から遠ざけてたのか。
「そんな、朝倉が気にすることじゃないっていうか……特に大きな問題にはならなかったし、平気だよ」
どうやらミドリさんの件は何も知らない様子の彼に、オレはどう答えたものか、誤魔化し笑いを浮かべた。
そこで係員の誘導が入り、オレ達は改めて走順に並んで体育座りになった。オレと朝倉は運が良いのか悪いのか、一緒のグループのようだ。
そのまま待機すること数分、アナウンスが借り物競争の種目を告げる。間もなく、始まるレース。外野から飛び交う応援の声を聞きながら、オレは比較的落ち着いていた。
やっぱりというか、ダンス程の緊張は無い。借り物競争の肝は、足の速さよりもどんな札を引くかの運勝負だ。泳ぐのは好きだけど走るのはさほど得意ではないオレとしては、純粋な走力がものを言う競技よりもこうした変わり種の方が合っている。
「〝犬〟!? 犬連れて来てる人~っ!?」
「グラウンドはペット入場禁止だろ!」
「私を連れて行け!」
「おぉっ! 犬飼先生! 救世主!」
先人達の阿鼻叫喚、悲喜
「姫ーっ!!」
「ハル姫ぇぇええっ!!」
オレへのやたらでかい声援はクラスメイト達かと思いきや、どうも敵方のはずの赤組勢からも上がっているようだ。いや、あんたらは同じ赤組の生徒を応援しろよ!?
苦笑いしていると、直後、笛の合図が鳴り響く。一瞬出遅れそうになりつつ、慌てて地面を蹴った。出だしは意外と好調だ。最初の百メートル、札の置かれた地点には二番目に辿り着いた。前を行く生徒と同じように、地面に散らばる紙札を近いやつから適当に一枚手に取った。四つ折りのそれを急いで開き、そこに書かれた文字を見て――凍り付いた。
〝好きな人〟……紙片には、紛うことなくそう書かれていた。
「おぉっと!? 一年二組、白組のハル姫! 札を見て固まっている!」
「一体何が書かれていたのでしょうか!?」
盛り上がる実況。いや、何って……はぁ!? 確かに借り物競争鉄板のネタなのかもしれないけど!? ここ男子校だぞ!? 男子校でこんな指示書く奴あるかっ!!
オレが内心絶叫している間にも、他の競争相手が次々と追い付いて札を取っていく。
「〝眼鏡〟! 眼鏡の人~!」
「よし、持ってけ!」
「〝三角コーン〟! 借りてくぜっ!」
一番最後にやってきた朝倉も、紙片を開いて無言で頷くと、迷いなく観戦席の方へと向かっていった。ヤバイ。オレも立ち止まっている場合じゃない。でも、好きな人って!?
一瞬、脳裏に御影さんの顔が浮かび、ハッとして首を左右に振った。いや、違う。何で御影さん!? 一番近くに居る人だから、つい連想してしまったのか。
思わず、彼が居る方角に顔を向けた。すると、驚くような光景が目に飛び込んできた。
「御影さん! お願いします!」
なんと、朝倉が御影さんに向かって手を差し出している。真剣な表情。御影さんは少々困惑したようにオレを見た。オレが硬直したまま何も出来ずにいると、朝倉の熱意に負けたのか、御影さんが彼の手を取った。
そうして、ゴール目指して二人で駆けていく。
え、えええええええっ!?
後には、無茶な指令の書かれた紙片を手に、茫然と佇むオレだけが残された。
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