第34話 オレに出来ること

 オレの申し出に、ミドリさんは暗色の瞳を見開いた。


「は? 何、言ってるの? 意味分かんないし……さては、そうやって適当なことを言って有耶無耶にしようとしてるな!? 僕は騙されないぞ!」

「お言葉ですが、陽様は嘘を吐くような方ではございません。本気で、貴方様のお力になりたいと考えていらっしゃるのでしょう」

「!」


 御影さん、ナイスアシスト!


「そうだよ。オレは本気だ。まずは、連絡先を交換しよう。あ、ミドリさん、LI〇Eやってる? オレのスマホ、鞄の中だから、これから衣装室に着替えに行くついでにミドリさんも一緒に来てくれると嬉しい」

「ちょ、ちょっと待て! 何勝手に話を進めてるんだ!?」


 畳み掛けるオレに、たじろぐミドリさん。不意に横合いから大きな溜息が聞こえてきたと思ったら、棗先輩だった。


「覚悟しといた方がいいよ。ボクもそうやってハルくんに強引に丸め込まれたんだから。こうと決めたら、意外と頑固なんだよね」

「!? 棗 夕莉を丸め込んだ!?」


 ギョッと目を剥いて、ミドリさんがオレを見る。そんな、恐ろしいものを見るような目をしなくても……。


「とにかく、これでオレとミドリさんは今日から友達ってことで! それはそれとして、衣装に細工したことは悪いことだから、ちゃんと謝罪はして欲しい」

「なんで僕が!」

「この衣装を作るのに、蝶野先輩がどれだけ心血を注いでくれたのか、元姫のミドリさんなら分かるよな?」

「っ……」


 その言葉は響いたらしい。ミドリさんは口篭ると、決まり悪げに視線を逸らした。それから、ぽつりと零す。


「そりゃ……蝶野先輩には、悪いことをしたなと思ってる。関係ない人達に迷惑を掛けたのも分かってるし……」

「ミドリちゃん……」


 しんみりしたムードに白けたように、棗先輩が鼻で笑った。


「そんなんで謝った内に入るの?」


 ムッとして口を開いたミドリさんに先んじて、オレが告げる。


「言っとくけど、棗先輩もだぞ!」

「は? ボク?」

「そうだよ! 人に意地悪をすると、こんな風に返ってくるってこと、しっかり肝に銘じておいてくださいね! オレだって、さんざん初期の先輩の態度には傷付いたんですからね!」


 今度は棗先輩が口篭った。それから、またぞろ大きな溜息を吐いて、


「……分かったよ。ボクも悪かったよ」


 バツが悪そうに謝罪の言葉を口にした。

 ミドリさんが呆気にとられた表情で棗先輩を見る。まさか、この人が謝るなんて思いもしなかったんだろう。

 正直、オレも少し驚いた。あの意地っ張りで素直じゃない棗先輩が……。


「あらあら、明日は槍が降るかもしれないわね」


 ほう、と嘆息混じりに蝶野先輩が呟いた。



   ◆◇◆



 さてはて、体育祭はまだ始まったばかり。オレ達は改めて体操着に着替えるべく、衣装室へと向かった。

 ミドリさんとは宣言通り連絡先を交換し合い、昼にお弁当を一緒に食べる約束を交わした後で一旦別れた。


「ハルくんは、この後何の競技に出るの?」


 準備を終え、再び校庭へと向かう道すがら、棗先輩が訊いてきた。ピンク髪に施されていた装飾も今は取り払われて、頭部には赤い鉢巻のみが巻かれている。

 対するオレは、白組を示す白い鉢巻だ。エクステは装着するのも大変だったが外すのもまた手間が掛かる為、今日一日はポニテ風のままだ。


「オレは借り物競争と、コスプレ走です」

「あ、ボクもコスプレ走出るよ」

「やっぱりですか。姫は絶対コスプレ走! って、クラスメイト達に半ば強制的に決められたんですよね」


 コスプレ走というのは、紙に書かれたコスチュームに一早く着替えてゴールを目指す種目だ。途中で紙を拾う辺りは借り物競争とも若干似ている。


「一人二種目は必ず出なければならないんですよね。棗先輩、あと一つは何ですか?」

「騎馬戦」

「え!? 騎馬戦!? 危なくないですか!? オレ、騎馬戦と棒倒しは、御影さんに危ないから絶対駄目! って止められましたよ」

「……本当、ハルくんの護衛は過保護だよね。大丈夫だよ。ボクに触れようとする不届き者は、すぐに鉢巻奪ってやるから」

「確かに、棗先輩が将だと畏れ多くて手出し出来なさそうだけども……気を付けてくださいね」


「分かってるよ」と応えて、棗先輩は自陣営の方へと足を向けた。


「それじゃあ、ハルくん。敵同士だけど、お互いに頑張ろうね」

「はい!」


 軽く手を振ってそのまま立ち去ろうとして、先輩はふと思い出したかのように今一度立ち止まり、


「あと……色々ありがとね、ハルくん」


 振り向かずに、背中越しにそう落とした。


「え」


 思わぬ言葉にオレはキョトンとしてしまった。その間にも棗先輩はさっさと離れていく。心做しか斜め後ろから見た彼の耳は赤く染まっていた。

 ぺこりと頭を下げて、厳隆寺さんがその後を追っていく。


「良かったですね、陽様。陽様のお気持ちが伝わったようで」


 後ろから御影さんが声を掛けてきた。棗先輩の言葉の意味が脳に浸透してくると、オレはじわじわと嬉しくなってきて、自然と頬が緩むのを感じた。


「うん」


 何はともあれ、一件落着。これで棗先輩とミドリさんが仲直りした訳でもなければ、ミドリさんの問題が解決した訳でもないけれど。

 それでも、ここから少しずつ諸々が良い方向に進んでいけるのではないかという希望が見えた気がした。


 オレに出来ることは少ないけれど……精一杯やっていこう。

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