第36話 校庭の真ん中で愛を告げる

「どうした、ハル姫!?」

「走れーっ!!」


 呼び掛けで我に返った。

 そうだ。とにかく、オレも動かなくちゃ。それには、この難解な指令をクリアしなければならない。改めて、手にした紙片に目を落とす。何度見ても変わらない、〝好きな人〟の文字。

 考えろ……ここは男子校だ。男しか居ない環境下でこんな指令を出すからには、恋愛的な意味でのソレじゃないんじゃないか?

 そうか! そうだな。ビックリして視野狭窄になってたけど、別に友達として〝好きな人〟でもいい訳だ! 何なら、誰でも良いという意味での〝好きな人〟っていうラッキーお題だった可能性だって有る。何だ、そうか。

 それならと、オレは赤組陣営の方に足を向けた。すぐさまお目当ての人物を見つけると、そちらに手を伸ばす。


「棗先輩! 一緒に来てください!」

「……ボク?」


 先輩姫は驚いたように目を丸くした。時間も無いので半ば強引に攫う形で彼の手を引き、走り出す。棗先輩には普段お世話になっているし、困った所はあれど人として〝好きな人〟だ。

 コースに戻ると、前を行く朝倉と御影さんの背を追った。御影さんと手を繋いだことによる照れか、朝倉はまだモタモタしている。これは、ワンチャンあるか?


「ダブル姫ぇええっ!!」

「行けぇえええっ!!」


 しかし、オレ達の接近に気付いて、朝倉も慌てて速度を上げた。暫しの追走劇の末、多少の距離は詰めたものの、追い付けないままに二人が目前でゴールを決める。

 ああ、駄目だったか……。


「ハル姫、惜しかったですね! ナイスファイトです!」


 放送部員の慰めの実況を受けながら、オレと棗先輩は数秒後に同じくゴール地点に到達した。


「陽様、申し訳ございません。主を差し置いて、私などがこのような……」

「いや……勝負事だし」


 疲弊しきって肩で息をするオレに、御影さんがオロオロとタオルと水を渡してくれた。いや、どこに用意してたんだ、これ。てか、自身も走ったくせに、けろりと涼しい顔をしているのが、さすがというか……差を感じさせられて、ちょっと悔しい。


「日向くん、御影さん勝手に借りちゃって、ごめんね」


 次いで朝倉も謝ってきたけれど、オレは何とも言えない気分で、やはり曖昧に笑うしかなかった。


「さあ、札を確認致します。まずは、先着の朝倉くんから」


 ゴール地点の係員の言葉で、ハッとした。そうだ、朝倉の札には、一体何て書いてあったんだ?

 係員が朝倉から紙片を受け取り、開く。それから、掲げて告げた。


「〝執事〟! 朝倉くんが連れて来た相手は正確には姫のボディガードなので執事さんではありませんが、服がそれっぽいので可とします!」


 朝倉が顔を綻ばせ、御影さんを見た。赤組勢から歓声が上がる。

 〝執事〟……何だ、そうか。そんなお題だったのか。

 ホッとして力が抜けた。そのタイミングで「お次はハル姫です」と係員に促されたものだから、オレは半ば無意識に紙片を渡してしまい、改めてそこに記されていた文字の内容を思い出したのは、係員が目の前でそれを開いた瞬間だった。


「大分悩んでいた様子でしたが、一体何と書いてあったのでしょう。ハル姫の札は……なんと、〝好きな人〟!?」


 途端、会場の空気がどよめいた。


「これは、借り物競争お約束の……!?」

「てことは、ハル姫の好きな人って……」

「ユーリ姫!?」


 興奮の熱があちらこちらで広がっていく。

 ヤバ……やっぱ、誤解されやすい字面だよな。オレがどういう意図で人員を選定したのか、ちゃんと説明しておかないと。


「えっと、これは、その……」

「……本当?」


 しどろもどろに口を開いたオレを制したのは、今まで隣で寡黙に控えていた棗先輩だった。

 オレを含めて、皆の視線が一斉にそちらに集う。果たして棗先輩は、抑えきれない昂りが表出したように頬を紅潮させていた。


「ボクもハルくんのことが好きなんだけど……本気にしていいの?」

「えっ?」


 潤んだ瞳。真剣な表情。それは、まるで冗談を言っているような雰囲気ではなくて……。

 あまりのことに、オレは素っ頓狂な声を上げてしまった。

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