第31話 開催!波乱の体育祭
そういえば、聞いたことがある。オレと同学年の元姫は、中等部の頃に棗先輩にいびられて心折れて姫を辞めたり、別の高校に行ったりしたって……その後者の人が、このおかっぱ頭のミドリさんってことか。
ということは、棗先輩とはあまり仲が良くなかったんじゃ?
ハッとして棗先輩を窺うと、彼は愛らしい顔を怪訝そうに歪めていた。
「ミドリちゃん、こちらはアナタの後任のハルちゃんよ」
蝶野先輩の言葉で、引き戻されるように視線を前に戻す。ミドリさんは品定めするようにオレのことをまじまじと見つめた後、ニッコリと笑みを形作った。
「はじめまして、素朴で可愛らしい方ですね」
「は、はぁ、どうも……」
何だろう。何か含みのある言い方だ。それに、笑顔なのに何だか威圧感があるというか……。
ミドリさんは、次に棗先輩の方に視線を向けて、
「お久しぶりです、棗先輩」
呼び掛けた。その表情には変わらぬ笑み。お面に貼り付けたみたいな、感情の読めない不気味な笑顔。
対する棗先輩は、すっぱりと聞き返した。
「何で居るの?」
不快感を隠さない、切れ味のある口調だ。ミドリさんが苦笑する。
「また四季折の皆に会いたくなって……土曜で学校も休みだし、蝶野先輩には少しの間だけど僕もお世話になったので、ご挨拶をと」
「もう部外者なのに、勝手に校舎入ってきていい訳? 不法侵入じゃん」
「もう、ユーリちゃん、あんまり意地悪言わないであげて。先生が入れてくれたんですってよ」
怒涛の難詰に、見兼ねた蝶野先輩がフォローに回った。棗先輩とミドリさんの間には不穏な空気が流れている。……ああ、やっぱ仲悪いんだ。
「さぁ、そろそろ着替えないと。そんなに時間無いわよ。行くわよ、ハルちゃん、ユーリちゃん」
「あ、はい」
「それじゃあ、またね、ミドリちゃん」
険悪なムードの二人を引き離すように蝶野先輩が畳み掛けると、オレはホッとして彼に従い、衣装室の扉を潜った。見送るミドリさんの視線はどこか鋭くて、何だか胸騒ぎがした。
◆◇◆
「うぅ……やっぱり緊張する」
体育倉庫の影から校庭を盗み見る。そこには既に入場を終えた全校生徒達が体育座りでずらりと朝礼台に向かって整列していた。開会の言葉、学園長の挨拶及び諸注意を済ませ、これから選手宣誓が行われるところだった。オレ達の出番は、このすぐ後だ。
飛び出しそうな心臓を押さえて、深呼吸を繰り返す。隣で棗先輩が余裕そうに笑った。
「大丈夫だって。これまで散々練習してきたし、ハルくんちゃんと出来てるから。いつも通りやればいいよ」
「棗先輩……!」
まさか、この人からそんな温かい言葉が聞けるようになるなんて!
初対面の時の拒絶ぶりからは考えられない変化に、早くも感無量だ。約一ヶ月間の放課後ダンスレッスンの記憶が走馬灯のように脳内を駆け巡る。先輩のターンの華麗さ。汗を掻いた後のお風呂の爽快さ。初めて間違えずに踊れた時の嬉しさ。……ああ、色々あったなぁ。
「先輩、改めてこの一ヶ月、ありがとうございました」
「ちょっと、何? お礼言うのはまだ早いよ。これからが本番なんだから……ほら、もう出番だよ。行くぞ!」
ぷいとそっぽを向いて、棗先輩がオレの手を引っ張る。呆れ口調ながらも、その頬はしっかりと朱色に染まっていた。
「皆様お待ちかね! 次は、我が学園が誇る可憐な姫君達による、伝統の応援ダンスです!」
放送部の司会進行役が告げ、全校生徒のみならず一般の来場者からも大きな歓声が上がった。空はお誂え向きの快晴。雨季の六月を避けた、敢えての五月開催は功を奏した模様。
スピーカーを通じて、会場にアップテンポの音楽が流れる。流行の女性シンガーによるJポップ。迷える少年少女に向けて、共感とエールを送る歌詞。イントロが終わる直前、棗先輩の「1、2、3、4!」の掛け声に合わせて、オレ達は校庭に飛び出した。
歓声がひと際強くなる。幾千もの視線が一斉に注がれた。ここまで多いと、逆に観客一人一人に焦点が定まらず、不思議と怯む気持ちが飛んだ。それに、隣には棗先輩がいる。一人じゃない。
棗先輩はいつものウルフカットの両サイドを一摘み、悪魔の羽の装飾が付いたゴムで結んでいる。完成した例のチアガール風衣装、ピンクの地に透け感のあるレースを靡かせて、先輩は踊る。両手にはピンクのポンポン。小さな身体で大きな表現。堂々たるパフォーマンス。背中に描かれた悪魔の羽で、今にも羽ばたきそうだ。
負けじとオレも黄色のポンポンを振って踊る。ウィッグだと激しい動きで外れてしまいそうなので、今日は地毛に取りつける形のエクステを使った。先輩と種族違いのお揃いで、天使の羽の装飾が着いたゴム。動く度にウェーブロングのポニーテールが跳ねる。
その下からは、同じく天使の羽が覗いていることだろう。黄色地の衣装は、相変わらずトップスが短くて、裾に透けるレースを付けたところで、やっぱりおへそは出てるけど! 今は気にせずダンスに集中だ。
……よし、いい感じだ。今のところ、一つのミスも無い。この後は、棗先輩がメインの振付だ。
合図代わりに、先輩に目配せをする。先輩がアイキャッチで返して、一歩前に踏み出した。そうして、一番の見せ場に入った、その時――そう、よりによって一番目立つそのタイミングで、事は起きた。
「!?」
ざわめきが会場を包み込む。全員が棗先輩に注目する中、突如として先輩の衣装の肩紐が千切れたのだ。両肩の紐をリボンのように結んで固定するタイプのトップスだった。解けることの無いようキツく結ばれていたその紐が、根元からぷっつりと切れている。ぺらりと捲れた布が垂れ下がり、素肌の胸元が露わになる。ほんのりと上気する白い柔肌。ピンと尖ったさくらんぼ色の突起。それらが克明に見て取れた。
「ポロリだ!」
「ユーリ姫のポロリだぁああっ!!」
「えっ!? この体育祭、ポロリ有りなの?!」
異様な興奮を示す声が囃し立てた。下卑た野次に、容赦のないシャッター音が鳴り響く。
オレは血の気を失った。
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