第30話 来る本番の朝
「いかがなさいましたか? 陽様。私の顔に何か付いているのでしょうか」
「えっ!? いや……」
ダンス練習後、いつものように迎えに来てくれた御影さんと廊下を歩いていたら、不意に聞かれた。どうやら、オレが彼を見過ぎていたらしい。慌てて言葉を探す。
「そういや御影さんって、何歳なのかなぁって思って」
これも、気になっていたことの一つではある。
御影さんは、ぱぁっと花開くように表情を輝かせて、
「現在は、丁度二十歳でございます。今年で二十一になります」
と、答えてくれた。
「二十歳……か」
オレが十歳で初めて会った時、御影さんは十四・五歳くらいに見えたから、その印象は正しかったようだ。社会人にしては若いけど、(たぶん、高卒で就職したから?)それにしたって、五つも上なのか。
もしも朝倉がアタックしたとしても、御影さんがマトモな大人なら、きっと取り合わないはず。……ちょっと、いや、かなりマトモかどうかは怪しいけども。
さすがに五つも下の
そう思ったら、安堵すると同時に、何故か刹那、胸を針が刺すような痛みが走った。
「……?」
思わず、胸に手を当てる。何だろう、今の感覚。
朝倉への罪悪感だろうか。
思案するオレの横で、御影さんは先から喜色満面にキラキラとした笑みを湛えている。
「……何か嬉しそうですね」
「ええ、陽様が私に興味を持ってくださったことが、大変幸甚にございます。陽様になら何でもお答え致しますので、気軽にお訊ねくださいませ。ちなみに、私は十月三十一日生まれの蠍座、AB型でございます。陽様は九月一日生まれの乙女座、A型ですよね。繊細で奥ゆかしい陽様らしいですね」
「待って、何で知ってんの!?」
「陽様信者としては、当然のことでございます」
誇らしげに、そんなこと言われても……。
何だか、モヤモヤ悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた。この人、やっぱりオレのこと大好きじゃん。
呆れつつも、どこかホッとしてしまった。
それ以降も、朝倉から御影さんへの接触は特に無く……というか、朝倉は話しかけようとはしているのだが、いざとなると怖気付いて退散してしまう流れがデフォとなり、表面上は大きな変化の無い平穏な日々が続いた。
そうして遅咲きの桜も散り、五月になって、オレがダンスの振り付けをやっと間違えずに出来るようになった頃――遂に、体育祭本番が訪れた。
◆◇◆
「うわ、結構人来てる」
廊下の窓から見下ろした校庭に、早くも群がり始めた観客の数にオレは驚いた。一般人の見学が自由とはいえ、高校生にもなれば体育祭なんて家族ですらそうそう来ないものだろうと思っていたのに。
オレの呟きを拾って、御影さんが教えてくれた。
「四季折学園の姫制度は有名ですからね。毎年恒例の姫君による応援ダンスを楽しみにいらしている方も多いようですよ」
「うへぇ……」
それは迷惑だ。ただでさえ人前で女装で踊るのはハードルが高いのに、その上、一般の方々の目にまで晒される羽目になるとは。
学校関係者及び生徒の親類縁者以外は撮影が禁止されているのが、せめてもの救いか。
「ご安心ください。陽様のことは私が必ずお守り致します」
御影さんがキリッとした顔で言う。
「そこはまぁ、信頼してるけどさ……」
幾度となく聞いた言葉だけれど、改めて言われると何となく照れ臭くて面を伏せてしまうオレだった。
階段を上がったところで、棗先輩と巌隆寺さんのコンビとばったり出会した。
「あ、ハルくん」
「棗先輩。巌隆寺さんも」
朝食の席でも顔を合わせているので、おはようの挨拶は要らない。
体育祭当日の朝は、一旦それぞれの教室で出欠確認をしてから体操着に着替えて校庭に移動する流れとなっているが、オレ達姫はまた別行動だ。例の応援ダンスは開会式で披露する為、まずは衣装の方に着替える必要がある。
……そう、開幕からいきなり出番なのだ。まぁ、下手に大トリとかで、ずっと緊張したまま一日を過ごすよりはマシかもしれないけど。
そんな訳で、オレ達はクラスに顔を出した後、三階にある衣装室に向かっていたところだった。
「結構、一般の人来てるんですね」
「うん。毎年そうだよ。可愛いボクを見たさに開会前からわざわざ並んで押し寄せてくるなんて、ご苦労なことだよね」
緊張を共有したくてその話題を振ったんだけど、棗先輩は全然平気そうだな……。
「体育祭だけじゃなくて文化祭とかも一般開放されてますし、棗先輩のファンは校外にも多そうですよね」
「当然でしょ。他校にもボクのファンクラブは存在してるんだよ。可愛いって罪だよね」
鼻高々に言ってみせた直後、棗先輩はふと表情を翳らせた。遠くを見るような寂しげな瞳に、ドキリとする。
「……ハルくんの家族は来てるの?」
心細げな問い掛け。そうか……棗先輩の家族は来られないんだ。先輩はきっと、他の誰よりも家族に自分の頑張りを見て欲しかったに違いないのに。
「いえ。来てません」
女装姿を見られるのが嫌だから、オレは端から呼んでません。……なんて、言える雰囲気ではない。
オレの返答に先輩は、「そう」と、どこか安堵したような複雑そうな吐息を零した。オレはどう声を掛けたらいいのか分からずに、黙ってしまった。
そこで、何やら賑やかな話声が前方から聞こえてきた。最早聞き慣れたオネエ言葉……蝶野先輩の声だ。衣装室の前で、興奮したような口調で誰かと話している。朝倉と……あれは誰だ?
翠の黒髪という表現がピッタリな、日本人形みたいにサラサラなおかっぱ頭。ともすれば女の子にも見えそうな、中性的で綺麗な顔をした小柄な少年だった。紺色のブレザー……他校の生徒だ。
「何で、他校生が?」
オレが疑問を漏らすと、棗先輩が呟いた。
「……ミドリ」
ぽつりと、意外そうに。まるで幽霊でも見たような表情だった。
「え?」
「あら、ユーリちゃん達、来たわね。おはよう!」
こちらに気が付いた蝶野先輩が、手を振り呼び掛けてきた。おかっぱ頭の他校生は一瞬怯んだような気配を見せたものの、すぐに気を取り直したように微笑んだ。
蝶野先輩が紹介してくれる。
「ハルちゃんは初めて会うわよね。こちらは、ミドリちゃん。別の高校に行った
オレの、前任の姫……!
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