第29話 それは、嫉妬?
心臓が飛び上がった。
「……御影さんのことを?」
教えて欲しいって?
「うん。下のお名前とか、ご年齢とか、ご趣味とか」
「え、えっと、何でそんなこと知りたいんだ?」
すると、朝倉はぽっと頬を染め、
「だって……あの人、カッコイイなって」
くっつけた人差し指に目線を落として、もじもじと語る。そんな朝倉に、オレは衝撃を受けた。
「あ、あーまぁ、確かにあの人、顔は良いけど……でも、オレもそんなに詳しくは知らないっていうか、本人に聞いた方が早いんじゃないか?」
「そ、そうだよね。こういうのは、自分で聞くべきだったよね。ごめんね、日向くん」
「いや、別に……」
「そうしてみるよ。引き止めちゃって、ごめん。行こっか」
「うん……」
おろおろと取り繕う朝倉に倣って、オレも曖昧な笑みで返す。
思わず誤魔化しちゃったけど……そういえば、オレも御影さんの年齢とかその辺のことは知らないな。生い立ちを聞いて、結構知った気になってたけど……もしかしてオレ、あんまりあの人のこと、知らない?
それがまた何だかショックで、ぼんやりしてしまう。
廊下に出ると、話題の本人に迎えられた。
「陽様、お役目、大儀なことでございました」
「ああ、うん」
「あ、あの!」
思い切ったように声を上げたのは朝倉だった。オレと御影さんが同時に彼の方を見ると、朝倉は主に御影さんの視線に怯んだように身を竦めた。
「何でしょうか?」
「えっえと……その」
正面から御影さんに問われて、動揺も露わに目を左右に泳がせた後、
「な、何でもないです!」
朝倉は勢いよく回れ右をして、脱兎の如くその場から駆け去っていった。あまりに挙動不審な彼の態度に、御影さんは狐に抓まれたような顔をしている。
「一体、何だったのでしょうか」
「あ、あはは……」
またしても曖昧な笑みで誤魔化してしまったオレだった。
◆◇◆
「はい、ストップ!」
ぴしゃりと手を叩く音で、我に返った。棗先輩によって、広間に流れていた音楽が止められる。
「どうしたの? ハルくん。何か、ぼーっとしてるけど」
「あ、すみません……」
どうにも朝倉の件が気になって、ダンスの練習に身が入らない。さっきから、いつもは出来ている箇所ですら凡ミスを繰り返していた。これじゃあいけない、と気を取り直して臨もうとするも、すぐに同じことがぐるぐると頭を占拠する。
朝倉は、何であんなことを聞いたんだろう。御影さんがカッコイイからって……それって、御影さんに興味があるってことだよな。どういう意味で?
頬を染めて、恥じらう朝倉の
――まさか、好き……とか、そういう?
いや、そんなまさか。だって、朝倉は男で、御影さんも男だぞ? 有り得ないだろ、そんなこと。
そうは思っても、じゃあ他に何だというのか。そしてオレは、何だってこんなにそのことを気にしているのか。
ぐるぐる、ぐるぐる。堂々巡りをする思考。
棗先輩が溜息を一つ、宣言した。
「ダメだね。休憩しよっか」
「す、すみません。折角、練習に付き合って頂いているのに……」
「本当だよ。ボクの貴重な時間を使わせといて、自分は上の空とか、どういう神経?」
全く返す言葉もない。オレが黙り込んでしまうと、棗先輩は真面目な顔でじっとオレを見つめてきた。
「で? 何を悩んでるの? 聞いてあげるから、話してみなよ」
「え? でも……」
「いいから。このままじゃいくら練習したところで無駄でしょ。話して頭切り替えなよ」
意外な申し出。躊躇うオレに、先輩は容赦ない。
でも、どう話せばいいんだ? こんなこと。
「ええと……御影さんが、転びそうになった朝倉のことを助けたんだけど」
それ以来、朝倉の様子がおかしいとか、もしかしたら朝倉が御影さんのことを好きになったかもしれないとか、言える訳ないよな。他人のプライバシーにも関わることだし。
「それを見てから、何かモヤモヤする? っていうか……」
嘘は言っていない。これはこれで本当のことだ。濁して続けたオレの話に、棗先輩は、「ふーん」と神妙に己が顎を撫でて唸った。それから、告げる。
「それって、嫉妬じゃないの?」
「――嫉妬?」
予想外な単語の登場に、オレは瞬間、思考停止した。
「って、え? オレが? 御影さんに?」
嫉妬!?
「というか、相手にかな。要は、自分の護衛人が自分以外の人を守ったのが嫌だったんでしょ? よくあることじゃん。ボクだって、巌隆寺が他の奴にこき使われたらムカつくもん。自分の所有物を他人が勝手に使ったら嫌だよね。……って、これは独占欲とか所有欲かな? よく分かんないけど。まぁ、普通のことでしょ」
独占欲? 所有欲!? え……オレ、御影さんを自分の物みたいに思ってたのか?
何だそれ、あまりにも偉そうというか、身勝手というか……。
衝撃に声を失うオレに、棗先輩は一人納得した様子で頷いている。
「何だ、そんなことで悩んでたの? だったら、当人に言ってやればいいんだよ。お前は自分の護衛人なんだから、他の奴には構うなって」
「そ、そんなこと言える訳ないですよ」
「そう? なら、ずっとモヤモヤしてれば? それで練習に集中出来ないようなら、ボクはもう付き合ってあげないけど」
「それは……っすみません、ちゃんとします」
「分かればよろしい」
腰に手を当ててふんぞり返る棗先輩。オレはいまいちスッキリしないまでも、これ以上先輩に迷惑を掛けたくはないので、以後はダンスのことだけを考えるように努めた。
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