第23話 へそ出しチアガール
扉を開いた先に、待っていたのは見知った顔の人物だった。
「こんにちは、日向くん」
「キミは、あの時の!」
「ちゃんと名乗るのは初めてだったよね。改めまして、僕は
「どうして、ここに?」
「そ・れ・は・ね!」
ずいと背後から圧の強い声が割って入った。オレを呼び出した張本人、オネエ先輩こと被服部部長、
「シュンちゃんが被服部の一員になったからよっ!」
「僕も何かで日向くんを支えられたらな、と思って」
蝶野先輩の説明に、35番こと朝倉がはにかんだ。
「被服部の中でも直接姫と関わる役割は、絶対に姫に対して下心を抱かない子じゃないと務まらないから、今まではほぼアタシ一人が担当してたんだけど、シュンちゃんなら自身もキュートだから安心でしょ? ってことで、アタシの後継として新たな姫担当に育てようかと思ってるのよ。アタシももう三年生だからねぇ」
「が、頑張ります!」
「そっか、オレも関わるなら知った人の方が嬉しいし……改めて、これからよろしくな、朝倉」
「うん、こちらこそ!」
互いに挨拶を交わして微笑み合う。そんな少し浮ついた空気を、この場に居た今一人の発言が切り裂いた。
「で? 何? 用事ってそれだけ? なら、帰るけど」
不満げに吐き捨てたのは、ピンクのウルフカットに赤いカラコンの美少女然とした美少年、二年の代表姫、
オレ達は放課後、蝶野先輩に話があるからと例の衣装部屋に呼び出されていた。歴代の姫の為に誂えられた衣装が並ぶ、姫専用の更衣室でもあるここは、一部の被服部生徒を除く、原則他者は入室禁止。それは姫の護衛人も例外ではなく、御影さんと
覗き防止の為に扉は施錠可能、入口には監視カメラまで設置された徹底ぶりだが、水泳部での経験を経た今では、最早その対策もやり過ぎだとは思わなくなった。
――〝姫〟に欲情する生徒は、確かに居る。
「ユーリちゃんは相変わらずせっかちねぇ。シュンちゃんの紹介もしたかったけど、勿論それだけじゃないわよ。来る五月の体育祭に向けて、新衣装のデザインの確認と、採寸がしたかったのよ」
肩を竦める蝶野先輩の言に、オレは目を丸くした。
「体育祭の、新衣装?」
「ええ、学園長か生徒会役員、もしくは体育祭実行委員からまだ何も聞いてない? 体育祭では姫は毎年チアリーダーをやるのよ」
「ちっチアリーダー!?」
「そう、特定の組じゃなくて生徒全体を応援する、ね。可愛いチアガールの衣装で、音楽に合わせてちょっとしたダンスを披露して、生徒達の士気を上げるお仕事よ」
「で、でもオレ、踊れないんですけど!?」
「大丈夫よ。何もそんな本格的なアクロバットみたいなものじゃなくていいんだから。選曲と振り付けはアナタ達姫同士で話し合って決めてちょうだいね。今年は二人しか居ないけど」
え、えぇー……そんなの聞いてないし!
思わず、棗先輩の方を見る。ツンと澄まし顔のユーリ姫様は、我関せずといった風で、こちらに見向きもしない。
「それで、衣装案なんだけど、こんなのどうかしら?」
次いで蝶野先輩がファイルから取り出した書類を提示した。そこに描かれていたのは、成程確かにチアガールっぽい衣装のデザイン画だ。
でも、これ……。
「めっちゃお腹出てるんだけど!?」
あろうことか、おへそがガッツリと出るショート丈トップスだった。それに、ギャザーの内側が白い縦縞になったミニスカートが合わせられている。所々にリボンが付いていたり、背中に悪魔や天使の羽根が描かれていたりと、製作者の拘りが窺えるが……。
「大丈夫よぉ。五月とはいえ、体育祭だもの。身体動かしてれば熱くなるわよ」
「いや、冷えるとかじゃなくて!」
大分恥ずかしいって!
「色はそれぞれのイメージカラーで、ユーリちゃんがピンク、ハルちゃんがイエローで、ユーリちゃんの背中には悪魔の羽根、ハルちゃんの背中には天使の羽根が描かれているのよ! 可愛いでしょー?」
「ボクは別にそれでいいよ」
「!?」
「やったぁ! じゃあ、これで進めていくわね!」
棗先輩の投げやりなGOサインで、方針が決まってしまった。
え? マジでそれでいくの? へそ、出てるけど!?
「それじゃあ、次は採寸の方、行きましょう!」
メジャーを片手に意気揚々と蝶野先輩が音頭を取ると、棗先輩は今度はNOサインを出した。
「あ、ボクはパスで。特に前とサイズ変わってないから」
「あら、でも育ち盛りの高校生なんだから、頻繁に測っておかないと」
「時間の無駄。そんなにすぐに変化する訳ないじゃん。ボクはそっちの素人と違って、ちゃんと食事や運動にも気を遣ってスタイルを維持してるんだから」
突き刺すような視線がオレに向けられる。思わず怯んだ。
「じゃあ、後はよろしく」と、手をひらひら、そのまま退室しようとする棗先輩に、オレは慌てて訊ねた。
「ま、待ってください! ダンスの曲とか振り付けとかの話し合いって、いつ……」
「面倒臭いなぁ。そんなの、適当に決めといてよ。安心して? 鈍臭いお前と違って、ボクはどんなダンスも完璧にこなしてみせるから」
「じゃあね」と、今度こそ立ち止まらずに出ていってしまう棗先輩。ピシャリと叩き付けるような閉扉音が、無情にも室内に鳴り響いた。
「あらら、困ったわね」
頬に手を当てて小さく嘆息する蝶野先輩の言葉を背に、オレは伸ばした手の行き場を失い、その場に硬直していた。
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