第24話 ワガママ小悪魔姫
棗先輩が去った後の室内は、お通夜ムードに包まれていた。
「まぁ、元気出して、ハルちゃん。時間はまだあるから、そんなに焦らなくても大丈夫よ」
オネエ先輩こと蝶野先輩が、萎れたオレにメジャーを当てながら慰めてくれる。
――そうだった。
姫になってからこっち、水泳部や御影さんの件でわちゃわちゃしててそれどころじゃなかったけど、この問題がまだ残っていた。
「何かオレ、棗先輩に嫌われてるみたいなんですよね……」
あれだけあからさまだと、さすがに凹むって……。オレ、何かしたかな?
35番こと朝倉もオレに何と声を掛けていいのか迷っているようで、オロオロしている。何だか申し訳ない。
蝶野先輩は少し考えるように間を置いてから、小さく唸った。
「たぶん、嫌いとかじゃなくてライバル視されてるんだと思うわよ。姫同士だから」
「……ライバル視?」
あんな美少年が、こんな平凡なオレなんかに?
そんなまさか、と思ったが、蝶野先輩は大真面目に続けた。
「今に始まったことじゃないの。あの子、昔からそういう傾向があるのよ。プライドが高くて、他の姫に当たりが強いのよね。年上相手にはそこまで露骨に敵対はしないのだけど、年下だと遠慮が無いわね。中等部の頃の後輩姫は、ユーリちゃんの態度に心が折れて辞めちゃったり、別の高校に行ったりしちゃったわ」
「そ、そうなんですか?」
そういや、中高一貫校なのに、今年度は何で高校からの外部受験組のオレがあっさり姫に選ばれたのかとは疑問に思っていた。普通に中等部の頃から姫やってた子が継続して選ばれそうなものなのに、それっぽい候補者も見かけなかったし……そうか、同学年の元姫は、別の高校に行っていたのか。
「去年、身体が育ち過ぎて姫を辞任した三年のカオルちゃんなんかは、イヤミを言われても通じない脳筋タイプだったんだけど、どうもユーリちゃんに薦められてプロテインを飲んでたみたいなのよね。それで筋トレもして、見る見る筋肉質になって……もしかしたら、それがユーリちゃんの狙いだったんじゃないかしらって気もしちゃうわよね。長期スパンの追い出し計画」
「ひえ……っ」
「ユーリちゃんと任期が被ってて無事に満了したのは、去年卒業したアオイちゃんくらいのものかしらねぇ。アオイちゃんはおっとりしてる割に芯は強かったから、ユーリちゃんより上手だったのよね」
「…………」
何だか、聞けば聞くほど恐ろしくなってくる。
つまり、何だ? 棗先輩は、オレに姫を辞めさせようとしているのか?
確かにオレもあまり乗り気ではなかったというか、当初は辞退しようとも思っていたけども、諸々の報酬を受け取ってしまった今となっては、もう簡単に辞める訳にもいかない。
そもそもオレが全寮制で奨学金の貰えるこの学園を選んだのは、なるべく早く自立する為だ。オレは男だし、長男だから、将来的には良い大学に入って良い就職先を見付けて、沢山稼いで親に恩返しをすべきなのだ。その過程も出来ればあんまり親に金銭的な負担を掛けたくはない。
姫になる決意をしたのも、その辺が大きい訳で――。
オレがよほど深刻な表情でもしていたのか、蝶野先輩は慌てて取りなした。
「ま、まぁ、これはアタシの勝手な憶測に過ぎない訳だし、あまり気にし過ぎちゃダメよ? ハルちゃんだってユーリちゃんに負けないくらい、姫としてやっていける素質が十分あるんだから、自信持って!」
そうは言われてもなぁ……。
採寸後、暗澹たる気分で廊下に出ると、外で待っていた御影さんにも心配されてしまった。
「如何なさいましたか? 陽様。お顔の色が優れないようですが」
「ん。大丈夫……ちょっと、体育祭の応援ダンスが不安なだけ」
咄嗟に誤魔化す。けど、これも嘘じゃない。すると、御影さんが食い付いてきた。
「陽様が踊られるのですか? それはとても楽しみですね!」
「いや……オレ、踊れないんだってば。選曲や振り付けも自分で考えなきゃならないらしいんだけど、どうしたらいいやら」
「そういうことでしたら、私にお任せください」
「えっ? 御影さん、踊れるの?」
「社交ダンスは一通り。姫君のエスコートには必要不可欠かと思いまして、一応習得しております」
「社交ダンスかぁ……」
たぶん、そっちじゃないと思うけど……運動神経の良い御影さんなら、普通のダンスもすぐに覚えてしまいそうだな。いっそ、頼るのも有りか?
そんなことを考えながら歩き始めたところで、不意に背中から声が掛けられた。
「日向くん! 待って、忘れ物――」
衣装室から飛び出してきた朝倉が、扉の段差に
「危なっ!」
あわや倒れるか、と思われた次の瞬間……。
「大丈夫ですか?」
御影さんが、朝倉を正面から抱き留めるように受け止めていた。
「ふぁっ!? はい!!」
問い掛けられて、顔を上げた朝倉が、御影さんと目が合って至近距離に驚いたように泡を食う。その顔が、何だか赤い。
――ん?
「す、すみません! 助けていただき、ありがとうございます!」
「いいえ、お気を付けて」
「は、はい!」
慌てて御影さんから身を離した後も、やっぱり朝倉は恥じらうように頬を赤く染め、どこか陶酔したみたいに、ぽーっと御影さんを見つめている。
ん、んんん? 何だ、この雰囲気……。
それを眺めていて、オレは何故だか胸の辺りがモヤモヤしてしまった。
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