第20話 罪の色

「ハル姫、今日はご同行ありがとうございました!」

「とっても楽しかったです!」


 遊戯施設を出ての帰路、それぞれの寮への分かれ道に差し掛かったところで、クラスメイト達が解散の意を告げた。


「いや、こちらこそ」と返してから、オレは自分の恰好を見下ろして、問う。


「そうだ。これは、どうすれば?」


 着替える時間も無かったので、女物の制服姿のままだった。


「よろしければ、そのまま姫に差し上げます!」

「是非また着てください!」

「は、はぁ……ありがとう?」


 正直、貰っても困るし、もう着ないとは思うけど……とりあえず、苦笑と共に受け取っておく。

 クラスメイト達は次に、御影さんにも言葉を掛けた。


「執事さんも、ありがとうございました!」

「今度、シュートのコツとか教えてくださいね!」


「畏まりました」と、御影さんはにこやかに応じた。その様子は、今はいつも通りのようにも見える。横目でそれを確認すると、オレはすぐに視線を前に戻した。

 先刻垣間見た彼の切なげな表情が、脳裏から離れない。


 ――あれって、たぶん……オレのせいだよな。


 オレの態度で、傷付けてしまった。そう思うと、罪悪感が押し寄せてきた。

 いや、でも……そもそも御影さんが、あんな……。


 手を振り、去っていくクラスメイト達と別れて、日が落ちた遊歩道を進む。街灯に照らされた夜桜もまた見事なものだったが、見蕩れている余裕も無く、オレは一人内心で悶々と思索に耽っていた。

 そんな時だった。不意に、御影さんが話を切り出した。


「陽様。不躾なことをお訊きしますが、今日はずっと私のことを避けてらっしゃいましたよね」


 ずばり、率直な質問に、オレは思わず足を止めた。振り向くと、真剣な瞳と目が合う。僅かな光の中では、その紫はいつもよりも暗く沈んで見えた。


「それは……」

「やはり、昨日のことが原因でしょうか」

「…………」


 どう答えたらいいのか分からずに、オレは押し黙って目を逸らした。御影さんは続ける。


「……本当は、貴方に知られたくはなかった。知られたらきっと、貴方を怯えさせてしまうだろうと分かっておりました。私は……貴方にだけは、嫌われたくなかった」


 痛みを孕んだ響きに、息を呑む。そっと目を上げると、今度は彼の方が顔を俯けていた。長い睫毛が影を差す。交わらない視線の先に、後悔と自責の念が窺えた。


「ですが、同時にどこかで、気付いて欲しい私が居ました。貴方に私のことを理解して欲しいなどという浅ましい願望が、心の裡にはあったのです。貴方に不快感を与えてしまうと分かっているのに……身勝手で、恥ずべきことです。陽様には怖い思いをさせてしまい、誠に申し訳ございませんでした」


 項垂れるように低頭し、彼は最後にこう告げた。


「お望みでしたら、私は護衛の任を離れ、貴方の前から消え去りましょう」


 真摯で、切実な声音――自ら断罪を望む受刑者のように、いっそ穏やかに凪いだ静謐な空気が、そこにはあった。

 圧倒されて暫し声を失った後、オレはぽつりと戸惑いを漏らした。


「嫌い……とか、そういんじゃないけど……ただ、分からないんだ。オレは、御影さんにそこまで想ってもらう程のことはしてない。確かに、怪我の手当てはしたけど、たったそれだけのことで……」

「それだけでは、ございません」


 キッパリと、突き付けるように強い断定の言葉だった。


「〝それだけ〟ではなかったのです。少なくとも、私にとっては」


 そう言って、彼は己の目の縁を押さえるように、白手袋の指先で軽く触れた。


「陽様だけでした。……私のこの瞳を、綺麗だと言ってくださったのは」


 温い風が、桜の花弁を散らす。それが通り過ぎた頃に、御影さんは静かに語り出した。


「私は望まれない子でした。母はハッキリとは言いませんでしたが、周囲の口さがない噂などで推測するに、私は母が外国人に暴行を受けた際に出来た子供のようなのです。当時、母は結婚していて、子供は夫のものである可能性もあった。だから母は、その希望に賭けて私を産んだのだと思います。……けれど、赤ん坊が目を開いたら、その瞳は紫だった」


 絶句する。見つめる紫の瞳の奥には、じわりと闇がわだかまっていた。


「母は暴行の件は夫には何も言わなかったのでしょう。結果、生まれた子供の瞳の色が違ったのだから、不貞を理由に離婚を言い渡された」

「そんな……」

「それでも母は、私を愛してくれました。女手一つで、私を精一杯育ててくれたのです」


 それを聞いて、少しホッとした。母親にまで疎んじられてしまった訳ではなくて良かった。

 だけど、御影さんの表情は硬いままだ。


「そんな母でも、私の瞳だけはどうしても愛せなかったようです。彼女は極力、私の目を見ないようにしていましたし、話題にするのも避けていました。むしろ、怯えているような節さえありました。……ですが、それは瑣末なこと。母が私に優しかったことに変わりはありません。母と二人の生活は、私にとってはそれなりに幸せなものでした」


 思い出の余韻を噛み締めるように、彼は口元に柔らかな微笑を湛えてから、一拍の後、それを消し去った。

 重く、冷たい口調で、付け加える。


「――あの男が現れるまでは」

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