第19話 完璧なキミの弱点

 その後もダーツだの卓球だのバスケットゴールだの、様々なゲームに挑戦してみたが、どれも御影さんの独壇場だった。

 極めつけは、これで最後と寄ったカラオケ。――蜂蜜みたいに甘やかな次低音テノールで、御影さんがバラードを歌う。しっとりと美しく上品な、それでいて色気のある歌声は、聴く者の耳に快く、胸にじんわりと響いた。


「はぁん……何か、妊娠しそう!」

「アホか。キメェよ」


 クラスメイト達が挙って感嘆の声を漏らす。オレは相も変わらず唖然とそれを眺めていた。

 いや……歌まで上手いのかよ!? この人もう、出来ないことないんじゃないか!?


 ちなみに、オレは歌もパッとしない。というか、音痴だ。だから人前で歌うのは嫌だと言ったのに、「まぁまぁ、いいじゃん!」とマイクを握らされて、半ば強引に流行りの女性シンガーの曲を歌わされた。


「姫、可愛い~! 声高い!」

「恥ずかしそうなのが乙」

「ちょっぴり音外してるけど、それがまた慣れない感じでイイ!」


 うっさい! 放っとけ! ていうか、何で女の子の曲!?

 穴があったら入りたい気分で歌い終えると、早々にマイクを置いた。程なく、次の曲のイントロが流れ始める。


「姫、デュエットしてください!」

「あ、ずるいぞ抜け駆け!」


 突然の誘いと共に、再びマイクを突き付けられた。


「いや、オレはもう……」


 辟易していると、横から白手袋の優美な手がそれを掻っ攫う。


「え?」

「デュエットのお相手でしたら、僭越ながら私が努めさせて頂きます」


 御影さんだ。有無を言わさぬ笑顔で相手に告げると、そのまま歌い始める。


「え? え? いや……」


 戸惑う提案者を他所に、なし崩し的に曲は進んでいった。

 ナイスアシスト! 正直、今のは助かった。

 場は、それはそれで盛り上がった。良い機会だし、皆が歌に気を取られている間に、オレは空のグラスを手に、少し席を外すことにした。


 何も言わずに、そっと大部屋を出る。飲み物を取ってくると伝えた場合、御影さんや他のクラスメイト達が自分が代わりにやると言ってオレには何もさせてくれないからな。

 何だか色々と疲れたから、一人で息を吐く時間が欲しかった。

 ドリンクバーでウーロン茶を入れていると、不意に背後から声を掛けられた。


「こんにちは~」


 聞き覚えのないそれに、内心首を傾げながら振り向く。高校生か大学生か、私服の若い男性グループが三人、こちらを見ていた。


「めっちゃ可愛いね! どこの学校?」

「一人? 友達と一緒かな?」

「おれら男だけで来てるから華がなくってさ。良かったら、一緒に遊ばない?」


 こ、これは……もしかしてオレ、ナンパされてる!?


「い、いえ、あのっ……すみません、オレ男なんです。この格好は、そう、余興で仕方なく!」


 初めての体験に、しどろもどろとなる。そんなオレの発言に、男性三人は怪訝な表情をした。それから互いの顔を見合せて吹き出す。


「いやいや、何その苦し紛れ。いくら何でもそれは通らないでしょー」


 なっ!? 嘘だと思われてる!?


「いえ、あの、本当なんです!」

「へー、じゃあ、証拠を見せてよ」

「えっ?」


 証拠?


「きみが男っていう証拠」


 ……って、言われても。

 オレは困惑して、目を伏せた。男物の下着を見せる? 恥ずかしいし、スカートの下は今スパッツだから論外だ。それなら、胸の方? ……それはそれで恥ずかしいな。

 あっ、学生証! ……は、しまった、元の制服のポケットに入れっぱなしだ。


「ほら、早くしてよー」

「こっちから勝手に調べちゃうよー?」

「!? ちょ、待っ」


 痺れを切らした三人が、無遠慮に手を伸ばしてくる。掴まれるブレザー。抑え込まれる腕。ニヤニヤ笑いで無理矢理服を脱がせようとしてくる彼らに、水泳部の先輩達の姿が重なる。

 恐怖が全身を支配した。身体が震える。喉が詰まる。ダメだ、これじゃあ前回の二の舞だ。出せ、声を。声を――!


「ゃめ……っ」

「陽様!」


 鋭い呼び掛け。ハッとして、男達の動きが止まる。皆の視線が一斉にそちらを向いた。そこに居たのは、鬼の形相をした執事服の青年だった。


「み……御影さん」


 ――来てくれた。また。

 目が合うと、彼は一瞬だけオレを安心させるように目元を和ませた。しかし、次にはそれを厳しく吊り上げて、紫の双眸を閃かせる。


「何をしているのですか。その方は貴方がたのような下賎な輩が触れていい方ではありません。早くその無礼な手を離しなさい」


 静かな恫喝。裏腹に、煮え滾るような激情がそこにはあった。


「えっ? 何、執事?」

「やべ、どっかの金持ちのお嬢さんとかだった?」


 異様な怒気に二人は慌てて手を引いたが、残る一人が血の気も多く突っかかった。


「はぁ? 何だよその言い草。無礼なのはそっちじゃねえのか」

「おい、やめろって」


 仲間の一人が止めようとするのも聞かずに、御影さんに掴み掛る。直後、その腕を捻り上げられて、男が悲痛に呻いた。


「いででででっ!! 離せよ!!」


 あっという間の早業。男は逃れようと暴れるが、御影さんに掴まれた腕はビクともしないようだった。


「い、いいよ、御影さん! もう!」


 流石にやり過ぎだと感じて止めに入ると、御影さんはあっさりと男を解放した。


「や、やべーよ、行こうぜ!」

「す、すみません! ちょっとふざけただけなんです! もうしませんから!」


 反抗的な友を抑えるようにして、そのまま二人がかりで連行していく。慌ただしく駆け去る三人組を見送りながら、オレは放心していた。


 ――御影さんって、やっぱ強かったんだ。


「遅くなって、申し訳ございません。陽様。お怪我はございませんか?」


 乱れた服装を直そうとしてか、御影さんがこちらに手を伸ばしてきた。その大きな手に、オレはまたびくりと反射的に身を竦ませてしまった。

 触れずに、中空で止まる手。


「あっ……ごめ、大丈夫だから。その……」


 我に返って取り繕うように笑み掛けるも、オレはすぐさま息を呑んだ。

 御影さんが、酷く傷付いた表情かおをしていたからだ。


 ――え?


「でさぁー」


 その時、第三者の声がして、意識を引かれる。見ると、他のグループ客が話しながらドリンクバーに向かってくるところだった。

 止まっていた時が動き出す。


「失礼致しました。私達もそろそろ戻りましょう。皆さんがお待ちです」


 御影さんが微笑んで告げる。しかし、その笑みはやはり、どこか無理をしているようだった

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