第18話 ミニスカートで交流会
ご丁寧に長髪のウィッグまで用意された女装グッズを見下ろして、オレは唖然と言葉を失った。
「やはり、姫といえば女装かなと!」
「姫の歓迎会も兼ねてるから、正式なコスチュームじゃないとね!」
「他校生に見られても平気なように、制服にしました! 俺らも制服だし、これならメイド服とかナース服とかよりはコスプレ感がなくて、姫も恥ずかしくないですよね!?」
いや、恥ずかしいが!? 学園外で女装って……一般の人達にもめっちゃ見られるじゃん!?
喉元まで出かかった叫びを何とか堪えたのは、皆が例の期待に満ちたキラキラの眼差しで見つめてくるからだった。
これは……断りにくい! 断ったら、空気読めない奴みたいになってしまう。
「で、でも……身体動かすのに、スカートはちょっと」
「大丈夫です! ちゃんとスカートの下に穿く用のスパッツも用意致しました!」
「これならパンチラしません!」
ぬぉおおお、何で無駄に根回しいいんだよ!? 苦し紛れの言い訳すらも封じられ、オレにはもう成す術もない。いつもなら盛大にノーを唱えて邪魔してくる御影さんも、先程のオレの命令のせいか、もの言いたげなのを我慢して押し黙っている。
これはもう……覚悟を決めるしかない。
「分かった……ちょっと、トイレとかで着替えてくる」
苦虫を噛み潰すような気分で告げると、クラスメイト達から盛大な歓声が上がった。
既に学校を出てしまっていたので、マナーが悪いとは思いつつ、着替えは駅のトイレで済ませた。案の定御影さんは個室の前まで付いて来ようとしたが、「ついでに用も足すから、音聞かれたくないから!」と主張して、何とかトイレ外でステイさせることに成功した。
紺色のブレザー。アイボリーのニットベスト。赤チェックのミニスカートと、揃いのリボンと、よくある定番の女子高生風の制服だった。
仕上げに長髪のウィッグを着けて、いざ外に出ようとしたら、ふと水泳部でのことを思い出して足が竦んだ。
また、ああいう目で見られるんじゃないかと、怖くなる。
――いいや、大丈夫だ。
怯懦を祓うように、目を瞑って、深呼吸した。
パンチラ対策してくれるということは、少なくともクラスの皆にはオレの尊厳を守る気があるということだから。水泳部の先輩方とは違う。
そう自分に言い聞かせ、鼓動が落ち着くのを待ってから、瞼と同時に扉を開けた。
擦れ違い様、入口付近の男性にギョッとされてしまった。男性はトイレの性別表記とオレを見比べて、二度見してくる。……うぅ、すみません。変態じゃないんです。オレだって仕方なくなんです。通報しないでください。
「姫、可愛い~!」
「とてもお似合いです!」
「可憐だ……」
「さすが陽様です」
御影さんまで一緒になって、賛辞の嵐を浴びせてくる。いや、褒められても全くもって嬉しくはない! むしろ、やっぱり恥ずかしい。
灰色ブレザーで緑チェックの皆と並ぶと、オレだけまるで他校生のようで、ガッツリ浮いている。大勢の男を侍らす逆ハーレム悪女の図みたいで、変な誤解を産みそうだ。周囲の一般の方々の視線が痛い。
でも、これも仕事……仕事だから!
無料化された学費を筆頭に受け取った報酬の数々を思って、何とか耐え忍ぶ。改めて、姫職って大変だな……と、遠い目になった。
◆◇◆
目的地であるスポーツアミューズメントパークは、学校の最寄りから電車で二駅だった。
「すげぇ、色々ある! まず、何からやる?」
「やっぱ、定番のボウリングじゃね?」
「姫、ボウリングは大丈夫ですか?」
「うん、まぁ……上手くはないけど」
「よし、じゃ決定!」
早速、ボウリング施設の受付に向かおうとして、皆の視線がふと御影さんに向いた。
「そういや、執事さんはどうします?」
「バカ、執事じゃなくてボディガードだろ」
「見た目執事さんじゃん」
「私のことはお気になさらず。あくまで陽様の付き添いですので。皆様でお楽しみくださいませ」
やんわりと辞退の意を示した御影さんだったが、周りからはこんな声が上がった。
「いやいや、折角来たんですから、執事さんもやりましょうよ! 見てるだけじゃつまらないでしょ!」
「ですが……」
窺うように御影さんがオレを見る。オレはクラスメイト達の方に同調してみせた。
「いいんじゃないか? 折角だし、御影さんも是非参加してください」
正直、オレのことばかり見ていられるよりも、遊興に耽っていてくれた方が、こちらとしても気が楽だ。
「よろしいのですか? 陽様がそう仰るのなら……」
球は、吸い込まれるように真っ直ぐ突き進み、速度と力の過不足も無く、見事に全てのピンを綺麗に薙ぎ払った。
「ストライーク!」
「出た! またもや!」
「ちょ、これまでパーフェクトじゃん!?」
痛快な球捌きに沸き立つ一同の中心に居るのは、御影さんだった。白手袋をぴしりと引っ張って身嗜みを整える彼には、まるで気負った様子すら見られない。
「執事さん、上手すぎじゃね!?」
「マジかっけぇ!」
「恐縮致します」
歓声を浴びる御影さんを、オレはあんぐりと口を開けて眺めていた。
護衛人なんてやるくらいだから、運動神経は良いのだろうとは思っていたけれど、これ程とは。
対するオレの方は散々な結果になっていた。元々大して上手くはない方だったけど、今日は更にスカートが気になり過ぎてあまり大きな動きが出来ない。加えて、渡されたのが「はい! 姫はやっぱり一番軽い球ですよね!」……だったもんだから、全く威力が出ないのだ。
投じた球がヘロヘロと失速してガーターに向かうのを見届けて肩を落とすオレに、クラスメイト達は慰めの言葉をくれた。
「姫、どんまい!」
「非力なの可愛い!」
「守ってあげたい!」
……放っとけ。
「姫、俺が投球フォームを教えましょうか!?」
「手取り足取り腰取りってか!? ……あ、いや何でもありません。申し訳ありません」
下卑た冗談を飛ばしたクラスメイトを、御影さんが凍てつく針のような眼差しで黙らせた。……やれやれだ。
結局、ボウリングステージは御影さんが三百点のパーフェクトゲームでトップを取って終わった。
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