第5話 過保護な護衛人
翌日は姫就任式が行われるとのことで、オレは朝一で再び女装をさせられ、周知の為、生徒会が行っている朝の挨拶運動にも初日だけ参加することになった。
――そんなこんなで、今に至る。
「ハル姫、こっち向いて!」
呼び掛けられ、振り向いた瞬間、カシャリとシャッター音が鳴り響いた。向けられたスマホカメラの存在に、遅れて写真を撮られたのだと悟る。
「え?」
「俺も! 姫、ツーショットお願いします!」
「えっ? ちょ……」
困惑している隙に、今度は別方向から他の生徒がスマホ片手にズイと距離を詰めてきた。急なパーソナルスペースへの侵入にギョッとして固まっていると、御影さんが間に入り、スマホを持つ生徒の手を掴んだ。
「無許可での撮影はご遠慮ください。勿論、ツーショットも。ご理解お願いします」
にっこり。そんな効果音がピッタリな笑顔なのに、そこには逆らえない威圧感がある。件の生徒もたじろいで謝罪した。
「ひっ、すっすみませんでした~!」
脱兎の如く逃げ去っていく相手を見送り、御影さんはやれやれと首を振った。
「全く、油断も隙もありませんね。……陽様、大丈夫でしたか? あのような輩を近付けさせてしまい、申し訳ありません。私の不徳の致すところです」
「いえ……」
オレは半ば放心状態で、それだけ言うので精一杯だった。
まぁ、そうだよな。男子校で
それにしても……と、オレは隣の執事服の青年を盗み見る。昨日から思ってはいたけど、御影さんって、かなり過保護だよな。
思い出すのは、昨日、あれからのこと――。
急な話だったので姫寮への引越しは後日となり、昨日は既に入寮していた一般学生寮の方に帰ることになった。
御影さんは荷造りの手伝いを申し出てくれたが、大して荷物も多くはない為、丁重にお断りした。それで引き下がるかと思ったが、オレの身辺を護るのが自分の職務だからと、彼は結局オレの泊まる部屋まで付いてきたのだ。
どうも、オレが姫になったことでルームメイトがオレに何かしらの悪さを働くのではないかと要らぬ心配をしたらしい。御影さんは狭い二人部屋の床に寝袋を敷いて、オレ達は朝まで監視される羽目になった。……ルームメイトには、本当に申し訳なかったと思う。
今朝も昨日同様、「陽様のお手を煩わせる訳には参りません。荷運びなどは私にお任せ下さい」と言って、通学鞄は取り上げられてしまった。ボディガードというよりも執事みたいだし、オレのことを食器より重いものを持てないような深窓の令嬢か何かと勘違いしていそうだ。
それに、気になることは、もう一つ。
……やっぱり、どこかで会ったような気がするんだよな。
けれど、それがどこだったのか思い出せない。これ程の美人、一度見たらそうそう忘れそうにない気もするのに、何故だろう?
問い掛けてみたい衝動に駆られるが、向こうから何も聞いてこないということは、オレの勘違いなのかもしれないし……もしくは、向こうもこちらを覚えていないということだろうから、あまり余計なことは言わない方が良さそうだ。
オレの視線に気が付いて、御影さんが微笑んだ。あの黒い笑顔じゃなくて、人懐っこい無邪気な笑みだ。そうして笑っていると、何というか大型犬みがある。ボルゾイとかその辺。――何にせよ、悪い人ではない。たぶん。
「そろそろ撤収の時間です。日向君も遅れないように移動してください」
「あ、はい」
眼鏡の生徒会長の言葉に従い、オレ達は朝の挨拶運動を切り上げた。
◆◇◆
その後は、始業式、姫就任式、新入生歓迎オリエンテーションと、イベントが立て続けにあった。
本来なら一度教室に集まってからクラス毎に講堂まで移動するのだが、女装姿だと悪目立ちする為、オレだけ別行動を取ることとなった。なので、オレが自分のクラスに行くことが出来たのは、全ての式が終わって(勿論、制服に着替えて)からだった。
「姫だ」
「ハル姫だ」
ざわめく教室の中、周囲の視線を一身に浴び、オレは居た堪れない気分で着席した。皆の注目の理由はオレが姫ということだけでなく、おそらくオレの背後に立つ御影さんの存在のせいもあるだろう。
……まさかとは思っていたが、教室の中まで付いてくるとは。
「先生、前が見えません」
オレの後ろの席の生徒が挙手で訴える。だよな。ごめんな。
「御影さん、教室の外で待機して頂くのではダメなんですか? 何も、授業中までそんなにオレにべったり張り付いてなくても……」
「いいえ、授業中であろうと陽様の身に何かあっては大事ですから。出来るだけお傍でお守りしたいのです」
何かって何だ。授業中に一体、何の危険があるというのか。
「それじゃあ、せめてオレの真後ろじゃなくて、一番後ろに……」
「陽様との間に障害物が増えるのはあまり望ましくありません」
クラスメイトを障害物呼ばわりすな。
「仕方ない。日向の席を一番後ろにしよう」
結局、担任の先生が折れた。申し訳ない……。
「ふぅ、疲れた」
恒例のクラスでの自己紹介やら何やらを終え、ようやく訪れた昼。今日までは半日授業につき、早めの放課後。下駄箱を目指しながら、オレは溜息を零した。すぐ後ろから御影さんが拾ってくる。
「先日より行事が目白押しでしたございましたからね。陽様は大儀なことでございました。もし歩くのがお辛いようでしたら、僭越ながら私が抱えてお運び致します」
「いや、いいよ。何でだよ」
ハッ……思わず、年上相手にキツくツッコんでしまった。期待するような眼差しで両手を広げてくる御影さんを見てたら、つい。
ていうか、疲労の原因の一端は、間違いなく
無自覚な護衛人は、呑気に今後のスケジュールの確認をしてきた。
「この後は、学生食堂でご昼食をお取りになられますよね。その後は、すぐにご帰寮なさいますか?」
「いえ、今日から部活動見学が出来るみたいなので、水泳部を見に行ってみようかなと」
「水泳部、ですか?」
「はい。オレ、中学の時、水泳部だったもので……って、何ですか、その顔」
後半は、難しげな
「水泳といえば、水着……ですよね? 大丈夫でしょうか……そのような扇情的な恰好をなさって」
「扇ッ!?」
「私としては、賛成致しかねます。危険に過ぎます」
「いや、だから御影さんの考え過ぎですって! 誰がそんな目でオレを見るって言うんですか! 男同士ですよ!? 女装ならまだしも、男物の水着でしょう!? 胸真っ平らで色気の欠片もありませんよ!」
「ですが……」
「とにかく! 水泳部には行きますからね!」
まだ何か言いたげな彼を遮って、オレはズカズカと廊下を進んだ。全く、この人は本当にオレを何だと思ってるんだ。呆れて、溜息も底を尽きた。
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