第4話 見覚えのある初対面

「姫就任、おめでとう~! ほらね、アタシの目に狂いは無かったでしょ!? アナタならいけると思ってたのよ!」


 金と黒の長髪の彫りの深い青年が喜色満面に祝辞を述べた。姫選抜会の後、着替える間もなく連れてこられた学園長室で学園長と共にオレを待っていたのは、何故かあのオネエ先輩だったのだ。反応に困り、オレが曖昧な笑みを返すと、立派な椅子に鎮座した壮年の男性――学園長先生が言葉を継いだ。


「日向 陽くん、改めて、おめでとう。知っているかもしれないが、私は学園長の園田そのだ 正臣まさおみです。それから、こちらが被服部の部長を務める、蝶野ちょうの 麗一れいいちくん。彼を始めとした被服部の生徒達は、これから三年間、君のスタイリングを補佐してくれます。何かあったら、頼るように」


 オネエ先輩、改め蝶野先輩がウインクをしてみせた。成程、彼……彼女? は、そういった立場の人だったのか。納得すると同時に、オレは意を決して口を開いた。


「あの……大変申し上げにくいのですが、姫を辞退することって、まだ可能でしょうか?」


 すると、被服部部長と学園長が同時に顔を見合わせる。驚愕の声を上げたのは蝶野先輩だった。


「ちょっと、アナタ正気? 姫になりたくないの?」

「はい」


 そもそもオレ、一言も姫になりたいなんて言ってないし……。


「何でよ?」

「何でって……恥ずかしいですし。家族にも、どう報告すればいいのか……」


 ていうか、こんな恰好、絶対に家族には見せられない。年子の生意気な妹には爆笑されるだろうし、生真面目な両親には頭がおかしくなったかと思われそうだ。特に、海外単身赴任中の父親には余計な心配を掛けたくない。こんなんで日本に戻って来るとかなったら、申し訳なさすぎる。

 蝶野先輩は質問を重ねた。


「姫の特権は知っているわよね?」

「えっと……三年間学食無料、でしたっけ?」

「それだけじゃないわよ。学費も全額免除よ」

「えっ? でもオレ、元々奨学金で……貸与型の方ですけど」


 給付型の方は成績最優秀者にしか受給されない。残念ながら、オレは次点でそれを逃していた。

 横から学園長が口添えをする。


「姫に就任した場合は、それも返済の必要が無くなるよ」

「えっ!?」

「他にも、姫専用の豪華な学生寮が使えるのよ! セキュリティ万全! 各種設備充実! アナタ、その様子だと姫関連の資料には一切目を通していないでしょ? これを御覧なさい!」


 そう言って、蝶野先輩に突き付けられたのは、姫寮の写真が付いた資料だった。パラパラとそれを捲り、オレは唸る。どこぞの魔法使いが住んでいそうな、アンティークなデザインの洋館。螺旋階段に飾られた額縁の絵が、今にも動いて喋り出しそうだ。プール並みの広さの大理石の浴槽。食堂にサロン……こんなのもう、ちょっとした貴族のお城だぞ!


「一般の学生寮は二人部屋ないし三人部屋だけど、姫寮は当然、一人部屋!」

「うぅっ」

「昼は学食、朝と夜は学生寮の食堂で、プロのシェフが手掛けた美味しい料理が毎日供されるのよ! 勿論、全部無料タダで!」

「ぁああっ!」


 オレの肩に腕を回し、蝶野先輩は悪魔の如く耳元で囁いた。


「家族には〝生徒会の役職に就いた〟とでも言えばいいわ。女装姿さえ見られなければ、アナタが何の役職を熟しているのかなんて、分かりっこないわよ!」

「く……っでも、オレ」

「それに、アナタが姫にならなかったら、アナタを選んだ全校生徒の期待を裏切ることになるわよ! 特に、アナタを熱心に応援していた35番ちゃんが悲しむわ! アナタはそれでもいいの!?」

「ぐぅ……っ!」


 良い訳が無い。それを言われたら、弱い。オレは拳を握り締め、固く目を瞑ると、血反吐を吐く思いで告げた。


「分かりました……やり、ます……姫。謹んで、やらせて頂きます……!」

「よく言った!」


 わざとらしい拍手喝采。憮然とするオレ。学園長はこうなるのが分かっていたのか、泰然とした様子で話を進めた。


「それでは、新たに姫となることが決定した日向くんに、改めてもう一人、会わせたい人物が居ます」


「どうぞ」と学園長が合図を送ると、待ちかねたように職員室に繋がる側面の扉が開かれた。

「失礼致します」と甘やかな声音で姿を現したのは、黒い執事服の人物だった。先輩姫の護衛の人と同じ服装だが、別人だ。

 歳は二十歳くらいか、艶やかな黒髪をセンター分けにした長身痩躯の青年。陶器のような白い肌、長い睫毛に涼し気な目元。筋の通った鼻梁に形の良い唇と、思わず目を奪われる程の美貌の持ち主だった。……この人が姫をやった方がいいんじゃないか?

 よく見ると、変わった瞳の色をしている。紫水晶アメジストのような、深い紫。――何かが脳裏に引っ掛かった。小さな違和感。

 あれ? 何だろう、オレ……この人と、どこかで会ったことある?


……」


 ぽつりと、その言葉が口を衝いて出た。ハッとしたように、紫の瞳が瞠られる。うわ、オレ何を言ってるんだ?


「すっすみません、急に、こんな……」

「いいえ、いいえ! お褒めくださり、光栄でございます!」


 紫眼の美青年は、何故かしら感極まったように顔を綻ばせた。怜悧な印象の美貌が、一瞬で人懐っこい笑顔に変わる。彼は仰々しくその場に片膝を着くと、胸に手を置き、オレに向かってお辞儀をした。


御影みかげ 冬夜とうやと申します。今日より、陽様の護衛人を務めさせて頂きます。貴方様にお会い出来る日を、心待ちにしておりました。以後三年間、どうぞよろしくお願い致します」


 映画の中でしか見ないような古式ゆかしい挨拶に、オレは呆気に取られて固まった。

 こうして、オレはこの学園の姫になった。任期は高校生活三年間。――もう、後戻りは出来ない。

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