32話:夏の恋愛ドラマ
♢♢♢
「おい、いい加減降りろって」
「もうちょっとだけー」
「歩きたくないだけだろ足が汚れるから」
「まあまあいいじゃないの。昔みたいでさ」
「昔にこんな事した記憶は一ミリたりともないが?」
ちっとも降りる気のない彼女。別に重いとかじゃなくて、普通に恥ずかしいから降りてほしいだけだ。こんなたくさんの人がいる中で堂々とカップルでもない俺らがいちゃついてなにをやっているんだか……。
「写真撮ろ」
「この状況で何言ってんだ」
「こんな状況だから言ってるのー、はいピース」
「できるか!」
俺の手はもちろん彼女のお尻にあるわけで。あ、触ってはいないから安心してほしい。セクハラと後で言われても困る。ちゃんと手の甲を上に向けてなるべく触れないようにしている。たまに触れてしまうのはありがとう。
「もっといい顔してよね。まっ、これはこれで飾ってなくていいけどさ」
見せられた写真は太陽のせいであまり見えなかったが、満面の笑みの彼女と眉を顰めている俺が写っているのだけは見えた。周りの景色はあまり見えなかった。
その顔をちゃんと見られたのはこの写真が初めてだった。
「どお? 良い感じじゃない?」
「ま、まあ悪くないんじゃねーの?」
「なにそれ、送ってやんないぞ」
「送ってください」
「スマホ貸してよ」
「なんでだよ。あとでいいだろ。俺いま背負ってるの分かっていってますか?」
「んじゃどこに入ってる?」
「ケツポッケ」
「失礼します」
普通にしりを触られた。
「あれ、こっちか。おっと、その前にこれ持ってて」
履いていたヒールを渡され、片手て受け取りまた手を戻す。
「失礼」
何食わぬ声音でもう片方の尻のポッケに手を突っ込まれる。
こっちがこんなに気を遣っているのが馬鹿みたいだ。お前の尻も触ってやろうか。
「暗証番号はかけてないんだ」
「めんどくさいしな」
「不用心だ」
「落とさんから大丈夫」
「じゃあ送っておくから」
「おけ、ありがと」
そう言い、通知音が耳元でなったのを確認して、俺は当たり前のように歩みを進めた。
しばらく人の携帯で写真を撮ったりしていたので中々に降りる気配がない。
「なあもう降りてもいいだろ」
「確かに」
……降りるのかよ。もっと尻をげふんgふぇふ。
「はい返すね」
「はいどもーも」
もらったスマホはまたケツのポッケにしまい、歩き出そうとすると——。
「きゃっ」
そんな可愛い声が聞こえて、足が止まる。
「冷たーい」
きゃっきゃとはしゃぎながら波が引いて行く方へ歩いて行く。
「有くんもこっちおいでよ」
「いや、靴履いてんじゃん」
「脱いできて」
走って先に行ってしまう。
「ったく、仕方がないな」
と、俺も彼女と同じように裸足になり、靴を片手に走り出した。
……え、なにこれ青春ですか。
美女を波打ち際で追いかけ、きゃっきゃと。年甲斐もなく楽しんでしまった。
***
一通りの海沿いを歩き終え、端の方まで来てしまった。
この辺はもう誰もいない。
防波堤があり、その先まで歩いて行くと海に入れずとも海を感じることが出来る気がした。
「なーんかさ、こうやってここにいると非日常みたいじゃない?」
隣同士に座って、足をぶらぶらさせてそんな事を言う。
「確かにそうだな。あまりにもドラマチックなラブコメ感があるな」
夏の恋愛ドラマみたいな状況みたいだ。
「ドラマみたいな間違ったことしてみる?」
「例えばどん————」
そう言おうとした矢先。
「……こういう事だよ」
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