31話:海

♢♢♢





「風にぃ~吹かれてぇ~」




 夏空にオープンカー、隣には歌を唄う美女。


 俺は前世でどんな徳を積んだのだろうか。こんな幸せなことはないだろう。


「歌のチョイスが一昔前なんだよなぁ。俺らの時代ではない」


「うるさい」


 ただ真夏に屋根を開けて走るのは結構しんどいものがあった。直射日光が肌に刺さって痛い。隣の美女は紫外線とか気にしないのだろうか?


「なあ暑くないか? 屋根閉めないか?」

「暑いけど、開けておきたくない?」


「紫外線とか気にならんの?」

「気になるとも。よくぞ聞いてくれました。そういう男性はモテます。ただここで我が社の自慢の製品、日焼け止めクリームを紹介します」


 ……そうだった、この人化粧品とか作ってる会社の社長でしたわ。


「こちらになります。じゃじゃーん」


 男の俺にそれを紹介されてもな。


「のんのんのん。最近の男性は肌に気を遣っている方が増えております。ですので、男性でももちろん使っていただけますよ。ほら、試しに塗ってあげましょう」


「いやいや、いらんし。心読むのやめて——おい、話を聞け」


 俺の言葉なんて聞かずにクリームを出して頬っぺたに塗ってくる……運転中だぞ。危ないだろ、いやそこまで危なくないんだけど。


「これを塗ればある程度は肌を守れます。なのでお友達にも紹介しておいてね! はいこれ、試供品どうぞ」


 準備が良すぎる。


「いつ何があるか分からないからね」


 流石です社長。お世話係にも商品を売りつけてくるなんて。


「じゃああとで使わせて頂きます」


 渡された試供品をポッケにしまった。


「そろそろ海が見えてくるんじゃないですか? ここの道を抜ければ——」

「おぉ! 見えたー! 海ー!」


 海沿いの道路に出ると、テンションが爆上がり。両手を上げ潮風をこれでもかと浴びる。


 ノースリーブの服を着ているので、目のやり場に困る。いや、運転に集中しろ俺。


「あー海なんて久しぶりに見たわー! すっごいキラキラしてるね! めっちゃ綺麗だね!」


 海って遠目で見ると綺麗に見えるのだが、近くに行くと案外そうでもなかったりするよな。

 でもこうして見える海はいつもより何倍も綺麗に見える。


「すぐ近くに駐車場があるからそこに停めて、砂浜を歩きましょうか」

「敬語」


「ああ、ごめん。なんかクセが抜けなくて……どうしても意識してない時に敬語になっちゃうわ」


「そうだよね、簡単に癖付いたものは取れないよねぇ。私も部屋が汚い癖がなかなか……」


「それは癖じゃなくて、ただ掃除が出来ないだけだろ」

「そうとも言う。ほら、車停めたなら行くよ!」


 これ以上の掃除が出来ないお説教は聞かないよ! と言わんばかりに彼女は車から降りて行った。分かりやすくて少し可愛いな。


 屋根を閉めて、俺も車から降りる。


「くぁぁー」


 身体をグッとひと伸びさせて、周りを見渡すと、そこには波音が、太陽の日差しが、はしゃぐ子供の声が非日常感に満ちていた。


「たまにはこういう所に来るのも悪くないな」

「だね! ここに連れてきてくれてありがと」


「それはこれから遊んで帰りにここで言う台詞だ」

「おっと、これは失礼しました。どんなところに連れてってくれるのか楽しみにしてる」


「いや、何も考えてないがな」


 はっはっは! なんて嘘くさい笑いをして、俺は先に砂浜へと続く階段を降りて行く。


「考えなさいよそこは! ちょっと待ってって!」


 砂浜に足を踏み入れると、グッと足が沈み込む。


「ねえ有くん、私ミスった」


 後ろを振り返ると、階段で立ち止まっていた。


「なに、どした?」

「ヒール履いて来ちゃったっから歩けない」


「裸足に慣れば?」

「なったんだけど、熱すぎて歩けないよ」


「じゃあどうする? 砂浜歩くのやめる?」


 彼女の方に歩いて戻って行き、目の前に立つと彼女は腕を広げて「ん! ん!」と何かやっている。


「なにそれ」


「おんぶ」


 ……聞き間違いか?


「なんて?」


「だからおんぶして!」


 公衆の面前でおんぶをねだられる。周りに人がいてもお構いなしで、男子高校生がヒューヒューと茶々を入れてきた。


「うるさいぞ、そこ」


 大人げない。


「早くして」


「なんでだよ……」


 俺は致し方なく、彼女の目の前に背を向けしゃがんだ。


「ありがと」


 ぽすん。と乗ってきた身体は軽すぎて、心配になる。


「重くない?」

「軽すぎて乗っているのかも分からん。飯食えもっと」


「飯作ってるの有くんじゃん」

「そうでした」


「波打ち際までお願いします」


 俺は周りに見られているというのもあって、暑いってのもあってか、どうやら顔が暑い。

 彼女は今どんな顔をしているのだろうか。


「有くんって結構でかいんだね」


 あなたもでかいっすよ。何がとは言いませんが。


「暑いから走るわ」

「え、ちょっ!」


 俺は色んな感情を抑え、波打ち際まで走った。

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