30話:ノープラン


♢♢♢




「で、どこいくの?」

「え? どこ行くの?」


 なんだよ、誘ったのお前のくせに何も考えてねーのかよ。考えとけよ。こういうのは基本誘った方が考えるのはあたり前田のクラッカーだろ? 何も考えてないぞ、俺は。


「普通、男の人が考えるもんじゃないの?」

「知らんが? そんな常識は俺にはないが?」


「へーそうなんだ。そういう人もいるんだね」


「誘ったのはそっちじゃん。なのに俺が考えて行くのおかしくね? もし、勝手に予定立ててさ、予約とかしてて花も違うとこ予約してたりしたら最悪じゃん。よって、あなたが間違っているに一票」


「そういう事言うんだ。へぇーそういうこと言うんだ」


 同じことを二回も言わんでええ。


「じゃあ採決を取ります」

「はい」


「花が悪いと思う人、挙手! はい!」


 他には……いますね。


「では、西野有馬が悪いと思う人!」


 ……分りました。


「結果が出ました。発表します」

「はい」


「菊沢花が悪いに二票入りました」

「何でよ!」


 って自分で手を挙げたんだろうが。


「なにこの茶番。車の中でやる事?」

「あはははっ、面白かった! 急に変な事し出すから乗っちゃった」


 狭い車内でなにをしてるんだか。


「じゃあ俺が決めるわ。海行こ、海」

「お、いいねぇ……って、もしかしてビキニ美女見ようって魂胆じゃないでしょうね? 隣にこんな可愛い女を乗せておいて」


「なわけ。花のビキニが一番見たいかも」

「気持ちわる」


「冗談です」

「冗談とか最悪」


「どれが正解なんだよ……」


 しょうもない会話をしながら、俺は車を走らせようとシフトレバーをDに入れた。


「あ、どうせ海に行くならさ、私もう一台車あるんだけどそれでいかない? 会社に置いてあるから会社に向かって」


「もしかして会社にずっと停まってる外車のやつ?」


「正解」

「なにそれ最高じゃん」


「でしょでしょ? 私ってば、最高な女でしょ? 惚れてしまうでしょ?」

「まじでいい女だ。最高、付き合いてえわ」


 ………………。


「無言になるのやめてくれます?」

「あ、うん。ちょっとびっくりしただけ」

「出発しまーす」


 なぜか急に黙り込んだ彼女を横目に、会社にある外車を取りに車を動かした。




♡♡♡





 ちょっと調子に乗った……。デートだからって舞い上がり過ぎたの。

 まさかいい女って言われて、付き合いてえなんて言われたらびっくりしちゃうじゃん、自分で言わせたんだけど、まさか本当に言われるとは思ってなかったんだもん。


 はぁ……嬉しくてもじもじしちゃう。



「なんだしょんべんか?」



 ……私ってなんでこの人のこと好きなんだろう。デリカシーなさ過ぎじゃない?




♢♢♢




「ふぁー、まじでこれに乗っていいの?」

「いいよ、もちろん。でも運転は私しないからお願いしていい?」


「もちろん。こんな車運転する機会ないからなぁ……なんでこれ買ったの?」


「節税」

「理由が悲しい」


 普段乗っている所、ましてやここから動いている所を見たことがないくらいだが、エンジンは掛かるのだろうか。


「大丈夫よ、エンジンかかるよ」

「心を読まないでね。これいつ動いてるの? 見た事ないんだけど」


「そりゃないでしょうね。だってこれはあなたが家で仕事してるときに使ったりしてるんだから」


「へぇ、じゃあ自分で運転したりしてるの?」

「ううん、もう一人の秘書のさつきが運転してる」


「羨ましい」

「今乗ってきてる車だって普通に良い車だよ?」


「そうだけど……これに比べたらさ」

「まあそうだね、今日はこれを堪能してくださいな」


「塩害が気になるところだが、遠慮なく」

「じゃあ明日にでも洗車しておいて」


「らじゃ」


 俺は運転席のドアを開ける前に、助手席の方へ回ってドアを開ける……と、彼女はぽかんとした顔でこっちを見ている。


「え、なに?」

「いや、彼女になったらこうやって開けてくれるんだなーって思って」


「あ、これはごめんいつもの癖」

「……萎えた」


 んだよ、こいつ結構めんどくさい女だな。


「じゃあもうやらない」

「ウソウソ! ヤッテ!」


 なんでそんなカタコトになってんの?


「どうぞ」

「失礼します」


 自分の車なのに。なんて無粋な事を考えてしまい、自分が情けなくなった。こういうのはやっぱり俺が買って、格好をつけたい所なんだけどなぁ。今となっては車無し、家無し、無職で拾われ。という残念三拍子。


 もっと頑張らなくちゃな……、何を? 考えるだけ無駄だった。今から彼女と肩を並べるようになれるとは思わない。身の丈に合ってないのもよく理解しているつもりだ。


「はやく行こ?」

「はいよ」


 ゆっくりドアを閉めて、運転席へ移動し俺は自分の情けなさを残しつつ、エンジンを掛けた。


 しかしその気持ちも車の排気音で吹っ飛ぶ。


「さーて、オープン!」


 機械が動き出し、頭上に会った天井はあっという間になくなり、駐車場の天井が見えた。エンジン音は大きく、アクセルをちょんと踏めばかなりの良い音。


「かっこよ」

「車そんな好きだった?」


「そこまで好きとは言えないけど、これはちょっと興奮する」

「喜んでもらえて何よりです」


「じゃあ行くよー」

「お願いしまーすっ!!」


 ゴーゴーと言いながら無邪気に手を挙げる彼女に俺は勝手に救われた気持ちになった。

 それにこうしてまだ始まってもいないデートが楽しめる気しかしないのは、きっとこんな彼女だからだと思う。


 ノープランも悪くないだろう。海に行って何するかなんて予定は未定でいい。

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