29話:思考はおじさん、にやにやは止まらず。

 どうしてそうなったかは、あまり覚えていない。


 今日は週末。つまりデートである。


「デートとか何年ぶりだ……」


 俺は久しく恋愛などしてこなかった。というか、出会いがなかった為に出来なかったと言った方が正解だろう。


 男ばかりの会社で女性の女の字もないほどに……それは事務のおばさんに失礼か。まあともかく同年代の女性はいなかったし、さらに言えば自分から出会いの場に赴くことなんてしなかったので恋愛にはしばらく距離があった。



 前の彼女とは別れて数年。

 デートの仕方なんかとうに忘れてしまった。なにすんだっけ? デートってどこに行くの? これは俺が考えた方がいい感じ? なんて当日に考えている俺はダメ男の烙印を押されても文句は言えない。


 それに服装だって大したブランド品やお洒落なものを持っているわけでもない。慌てて一昨日に服屋に行って買ってきたが、安心してくれ。マネキンコーデだ。


 年齢に合わせた服装だと思っている。店員さんも言っていた。


 真夏なのでスラックスパンツにタンクトップ、そしてその上にアロハシャツ。靴はサンダルだが、ちゃんとお洒落っぽいやつにした。


 ……これは年齢に合っているのだろうか。


 まあ気にしてもしょうがないか。なんて考えていると、ドアの向こうからお声がけがあった。


「準備できたー? 入るよー」

「入って来なくていいだろ」

「おじゃましまーす」


 がちゃり。じゃないんだよ、入ってくるな。


「わお、意外な格好。夏って感じだ」


「なにが意外なんだよ。いつもとそう変わらんだろ」

「いやいや、いつもと全然違うじゃん」


 普段と違う格好をしているからデートに気合が入っているように見えてしまっただろうか。恥ずかしくて死にたくなる。


「失礼な、動きやすい格好をしているだけだ。機能性重視」

「それってさ、けっこうおじさんの思考だよね」


「え。まじで?」

「歳をとるとさ、動きやすさ優先になってお洒落に気を遣わなくなるんだよ。なんでおじさんって皆同じような格好をしてるのか気になったことない?」


「ある」


「あれはね、まさにそれ。もう一つ理由があるなら、子供優先で自分はあとってことかな。自分の服装にお金かけてる場合じゃないみたいにね」


 ……俺には子供はいないので前者で間違いないだろう。


「つまり俺はもうおじさん思考になっているのか……まだ30歳なのに……」

「思考はおじさんでも、顔はかっこいいから大丈夫だよ! 元気出して、おじさん!」


 それは慰めてるのか、バカにしてるのかどっちか詳しく教えてもらってもよいかな?


「俺とは真逆だな」

「なにが?」

「ほら、花はずっとお洒落だし、今日だってほら、髪型もいつもと違うし服装だって、そのあれだよな、いいよな」


「なにそれ褒めてるつもり? ちゃんと言わなきゃ伝わらないよ? ほれ、言うてみい? 可愛いって」


「可愛いと思う。まじで」


「でしょでしょ———え?」


「自分で言って何固まってんだよ」


「いや素直すぎて怖くて……」


 サマーニットのノースリーブにロングスカートをひらひらと巻いた髪を一つにまとめている彼女が可愛くないわけがない。ドタイプなんだから可愛くて当たり前。ちょっとエロくてなお良し。


「あ、ありがと……その、有くんも似合ってるからね」


 そう言って、彼女は小走りで俺の部屋から出て行った。


「騒がしいやつだ」


 俺は改めて全身鏡で自分の姿を見るが、見慣れない格好に似合っていないようにしか見えなかったのだった。




♡♡♡




 か、かわいいって言われちゃった! どうしよう! うれしくて死にそう!


 私は自部屋に戻り、ベッドにダイブし足をバタつかせる。水泳選手並みの足さばきだ。


 せっかくセットした髪型だけは死守するが、喜びは膨大に触れ上がって足が止まらなかった。


「好きな人に可愛いって言われるだけでこんなに嬉しかったものだっけ……」


 今まで付き合ってきてもここまで嬉しかったことはない。嬉しいことは嬉しいんだけど、ここまで嬉しかったことはない。


「やっぱり有くんは私の特別なんだなぁ」


 にやけが止まらず、にやにや。



 それからしばらくこのままで。

 私は気持ち悪い顔を戻すのに10分はかかったと思う。我ながら、気持ち悪い。



「さて、今日はどこに行こうかな。あ、どこに連れてってもらおうかな」


 予定は未定。


 

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