26話:騒がしい心
♢♢♢
「なんでお前なんかと俺がお茶をしてないといけないんだよ」
「まあまあいいじゃないですか。社長がここに来るまでお互い暇ですし、語り合うことはなくても少しくらいお話ししましょうよ」
菊沢花がここに来るまでの間に、彼の企んでいることをある程度探ろうと思い、カフェでくつろいでいた所に「失礼します」なんて声を掛けて目の前に座ったところである。
「お前なんかと話す事ない」
「そうおっしゃらずに、聞きたいこととかないですか? 私が答えられる範囲ならお答えしますよ」
こんなこと言ってもどうせ意味がないだろう。彼は俺に用事があるわけではないし、知らない奴と話すことほど苦痛なことはない。
「ああ、じゃあまず一つ聞きたいことがある」
あら、意外。
「何ですか?」
「あんたらが付き合ってないのは分かったが、妙に引っ掛かる。いくら秘書だからと言って社長の家であんなに仲良くしないだろ。ましてや二人でご飯に行くなんて考えられない。だからこそ気になることがある。もしかしてだけど、元カレだったりしないのか?」
危うく飲んでいたコーヒーを吹き出すところだった。
元カレは間違っているが、ある意味的を得ている。でも普通、元カレを雇うとか頭おかしいだろ。
確かに俺達は昔馴染みであり、初恋同士だった。だが、それは小学生の話である。ただそれを一々口にする必要はない。
「素晴らしい推理力ですね。良いところついてます。ですが、あなたの考えるような関係性ではないことだけは確かです。昔馴染みなのは認めましょう」
「だから、か。俺はあの時2人の後ろ姿を見てがっかりした」
それはよりを戻そうと考えていたから?
「あの状況でそうなっても仕方がないことでしたね。ただ、連絡くらいした方が良かったのではないですかね? いくら付き合っていた人だからと言って、急に家に来られたら怖いですよ。それにあの時は俺だからよかったものの、もしカッとなるような男がいたらどうするんですか? お互い危ないし、別れたんだからもう他人でしょ」
「なんで俺はお前に説教されなきゃいけないんだよ。大体すぐに男を家に連れ込むあいつもあいつだろ」
「自分から振っておいて何言ってんだ」
「それはそうだけど、すぐに違う男を連れ込んでたら、いくら振った側だって言っても嫌な気持ちなるだろ。俺の事本気で好きじゃなかったんだって」
……知らねーよそんな事。
「それに俺はずっと騙されてたんだぞ。あいつは俺に本名すら言わずに……ニュース見た時にどんな気持ちだったか。花ちゃんがテレビに出てるのに苗字が違う。がっかりするわ。俺はそれだけ信用されていなかったんだって事だろ」
これに関しては菊沢花が悪い事この上ない。
身分を詐称しているも同然。いくら金目当てだと思われたくないとしても、流石にやり過ぎている感は否めない。
ちなみに苗字は『斎藤』でしたか? 俺はその逆でしたよ。
まあただ彼女なりにも努力をしていたって事も分かってやって欲しい。間違った方向に頑張っていたけど。
あの部屋の汚さをみて、驚いたこいつは本性を知らなかったってわけで。それまでは嫌われないようになんとかしてきたんだろう。そこの気持ちは本物だったんだ。
だからと言って全てを擁護できるわけじゃない。この辺は俺に言われたところでどうしようもないし、彼女がちゃんと誠意をもって謝罪をすることだと思う。そうすればもっと受け入れてもらえて上手くいく……ってなんで俺はよりを戻させることを前提に……。
「その辺は本人と話し合ってください。よりを戻したいならちゃんと自分の気持ちを伝えるべきかもしれませんよね。ただどうしてもこのタイミングで来られると金目当てにしかみえないのがね。ちょっとあからさますぎる気がするんですけど」
「そ、そんなわけないだろ。俺がそんな風に見えるのかよ。大体知らなくてもあの日によりっを戻そうと思ってたのにお前がいたから……」
めっちゃ見えるし、もはやそれにしか見えないのよ。タイミングが悪すぎる。
「じゃあ聞きますけど、ニュースを見るまで音沙汰もなかった人がニュースを見なくてもここに来てたんですか?」
「それは当然だろ。見なくても来てたし、本当によりを戻したかったんだ。全部あの日にお前があの場所に居たからお前のせいなんだよ」
「そうですか。それは大変失礼いたしました。間が悪かったですね、私が」
でもこうなったのも運命。あなたが彼女を振らなければ俺らは出会わなかった。あの公園で出会うことはなかった。数奇なものだ。
「あとは彼女が来てからにしましょうか。多分もうすぐ来ますから。あとあなたは何もしないとは思いますが、この間の件があったばかりなので話し合いには私も同席しますからね」
絶対嫌だろうなぁ……。
「断る」
だよねぇ……。
「しかし社長からは同席を命じられております」
「頼むよ、絶対変な事はしない。怒鳴ったり、手をあげたりもしない。ただ花ちゃんと話したいんだ。頼む」
頭を下げられても、それは俺が決めることではないんだけどなぁ。
「分かったわ、いいよ。ただ違う席に移動して待ってもらえるかな? ちゃんと見える所で」
「あ、お疲れ様です」
「花ちゃん……ありがと」
元カレさんは顔を上げて、少し嬉しそうに笑った。
「お待たせしました」
彼女も待たせたことにまず一礼をして、俺に目で合図を送ってきたので移動することに。
移動した席から二人を眺めていると、どうにももどかしい。
普通に話している2人に対して、俺の心はどうやら嫌な気持ちなっていったことに気付く。
「んだよ……ばかか、俺は」
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