23話:どきどき
「きゃぁぁぁーーーーーー」
ある日突然タオル1枚の社長(菊沢花)が走って、リビングへやってきた。半べそ掻いて、自分が今どういう格好をしているかも忘れているような感じで。
「なになになに」
「ジーさん! ジーさん!」
「はぁ? なんですか爺さんって」
「ちがうって、ヤツだよ! G! G!」
「ゲーム用語?」
「違うってば! ゴ・キ・ブ・リ!!」
「ああ、ゴキブリね……俺ゴキブリだけはだめなんでこれ使ってください」
「あぁ、ありがとう……ってちがーーーーう! 私もダメなの! てかあなたゴキブリが苦手って嘘でしょ! 早くやってよ!」
「ナイスノリツッコミ」
俺はゴキブリが苦手ではないが、好きでもない。あいつのことを好きなやつはは少ないだろう。もはやいないまである。
しかも、文字にしても不快感が出る虫は中々いない。言葉にするのもなにするものGという者は不快感でしかないのは逆にすごい。名前つけたやつ天才だろ。
「もうほんとに無理! 早く行ってよぉ」
「分かったから押さないでくださいよ———あっ」
「あっ……」
はらりらと身体に巻いてあったタオルが床へと落ちた。
「きゃぁぁぁぁぁーー! こっちみんなー!」
「見てない見てない」
うるさい人だ。ご馳走様でした。
「早くやっつけてきて!」
「はいはい、よく今まで出なかったものだ」
「もういいからはやくいけーーー」
身体を丸めるように屈んで、顔と耳を真っ赤にして叫ぶ彼女。
「では、いってきます」
仕方ない。今この家を任されているのは俺だ。そのくらいやってやらんこともなかろう。
俺はゴキブリ専用スプレーとパーツクリーナーを片手ずつに持ち、洗面へと向かった。
洗面所に入ると散らかった下着……おい、自分でネットに入れるって言ってたじゃねーか。いつもは風呂入って出てから片付けてんのか?
「さてさてどこいったのかゴキちゃん」
辺りを見渡しても見える所にはいない。彼女の叫び声にビビって、洗濯機の下に隠れたか……それとも風呂場の扉が開いてるからそっちに逃げたか……もしくは服の下に。
とりあえず服を持ち上げいるかいないかを確認していく。下着を持つことを許せ。
「いないなぁ」
じゃあ次は風呂か。
ちょっとだけ開いている扉を開けて、中を確認してみるがここにもいない。
目を離すとどこに行ったか分からなくなるからその場に居合わせたやつが始末しないと。見失って困るんだよなぁ。
風呂から出て、洗面所をもう一度見渡しいない事を確認する。
「もういないならいいか」
俺は諦めた。探すだけ時間の無駄。着替えの服と洗濯済みの下着を手に取り(これは不可抗力である)、リビングに戻ることにした。
リビングにはタオルを1枚巻きなおして、ソワソワしている。
「やった? やっつけてくれたんだよね」
「いや、見当たらんから諦めた」
「諦めんな! ここで諦めたら試合終了だよ!」
「そうだ。試合は終了した」
「ねえ……お願いだからちゃんと始末してぇ……どうするの私の部屋で出たら」
「その時はその時ですね」
「……最低」
「まあまあとりあえずこれ、着替え」
「ちょっと! なんで下着まで持ってきたのよ! 変態! ばか! えっち」
「あ、じゃあ戻してきます。ゴキブリがいるかもしれない洗面所に置いて来ます。自分で取りに行ってくださいね」
「ゴメンナサイ。嘘です。ありがとう。今回はしょうがないわ。うん。しょうがないね。ボーナスでお金もあげちゃう」
この人、おもろいな。
「冗談ですよ。あともう一ついいですか?」
「なによ」
「下着とかさ、ネットに入れてから風呂入ろうね」
「ばっ! 見たの?」
「見るでしょそりゃ。入ったら落ちてるんだもん」
「……もう最悪。私、お嫁に行けない……」
「行ける行ける。大丈夫、俺が保証しますよ」
「適当ばっか言ってもう……」
普通にこういうポンなところが治れば、いつでも行けるだろ。最悪治らなくても、こういう事を許せる、もしくは理解できる人が————俺みたいな人がいれば……つまりそれって俺がもらえば……。
って、俺は何を考えてるんだ……。
「あっち向いてて、着替えるから」
「じゃ、じゃあ俺は洗面所に戻りますよ」
もう一度確認するためと、強力な虫殺しの薬を散布するために戻ることにした。
ワンプッシュでいちころ。みたいな殺虫剤をしようする。
「これでまあいいだろ」
***
それから、Gが出ることはなく時間だけが過ぎて行き、就寝となった。
明日、洗濯機の下を掃除するか。もしかしたら死んでるかもしれんし、発生源を突き止めておかないとな。
なんてことを考えながら布団に入ってネットサーフィンをしていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
俺はベッドから降りて、ドアを開けるとそこにはパジャマ姿で枕を持った彼女がもじもじと立っていた。
「えーっと、なんですか」
「…………ください」
「ん? 声が小さすぎて聞こえないんですが?」
「怖いんで一緒に寝てください」
「は? 何言ってるの?」
「怖いの! おねがい! 今日だけ一緒に寝て!」
「大丈夫だって。きっと出てこない」
「きっとなんて、あまりにも不確定要素が多い言葉じゃない。信用できない。もし私の部屋で出たらあなたは私を助けることが出来るのかしら! 私がびっくりしすぎて泡拭いて死んじゃうかもしれないよ! いいの! 社長が死んだらあなたを雇ってくれる人はいなくなってまた逆戻りよ!」
まくしたてるように早口でつらつらとここぞとばかりに脅し文句まで加えてきやがる。昔の斎藤はこんな人じゃなかったのにどうしてこうなった。
「死なないし、助けてあげるから大丈夫だって」
「だいじょばない! もう無理! 一緒に寝させて!」
そう言うと、俺の反対も虚しくずけずけと部屋に押し入ってきた。
「はぁ……ここなら安心して寝れるわ」
「おい、そこは俺のベッドだ」
ぽんぽんと隣を叩いた。言いたいことは分かるがそれはどうなんだ? もしかして俺って男だと思われていない系か?
「あのさぁ、俺も一応男でさ、隣にこんな可愛い女の子が寝てたらさすがの俺もさあ……」
「……いいよ、有くんなら」
「え? 何言ってんだよ」
「本気だよ」
そんな顔で俺を見るな。やめろ。
「知らないぞ。どうなっても」
「いいよ」
彼女が寝転がる隣に行き、布団が入る。
「ドキドキするね」
「やめろって。やっぱ揶揄ってるだろ。ちょっとニヤついてんじゃん」
向かい合って寝転がっていたが、俺は耐えられなくなり背を向けた。
「はい、有くんの負けー! どお? ちょっとはドキドキした?」
「そんな事だろうと思ったわ」
こっちの心臓が止まるかと思ったわ。
「でも、今日だけは一緒に寝てね」
そう言って、彼女は俺の背中に額を当てる。抱きついてくるわけではなく、ただ少しだけ身体が当たっていた。
「分かったよ」
「なんか懐かしいね、こういうの」
確かに、昔こんなような事があった。
彼女が俺の家に遊びに来て、大雨が降ってきた日だったか。
帰るにはちょっと大変で急遽泊まって行くことになった。
あの日にハンバーグを食べたなぁ……。
同じ布団で寝た時は小学生ながら緊張した。だって好きな人が隣で眠ってるんだし。
「雷はまだ苦手なのか?」
「…………うん」
少し返事に間があって、もう寝そうだった。
「おやすみ」
背中にくっついている彼女に一言告げて、俺も眠ることにした。
……………って、眠れるわけがない。
昔と今は色んな意味で違うんだから。
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