第3章:距離感
19話:再会
斎藤花。俺はこの子が好きだった。
皆は知らないその姿に俺は惹かれていた。
前髪で隠れた素顔は可愛くて、綺麗な肌で、整った顔立ちで。くしゃっと笑う顔も可愛くて、何もかもが俺のドタイプだった。
なんでその素顔を知っているかと言うと、いつしかの帰り道にたまたま彼女を見かけたというか、偶然彼女の家の前を通った時、母親と談笑している姿を見た。
あの時の笑った顔が忘れられない。
でも、そんな彼女はクラスでは浮いていて、誰かと話すところをあまり見たことがなかった。教室でもいつも本を読んでいて、教室の隅っこで一人ぼっち。
たまに本を読んではニヤリと笑っているのがクラスの連中には不気味に見えていたせいもあって余計に敬遠されていた気がする。
気持ち悪いとか、変な奴とそういう声をよく聞いていた。
俺はそれが嫌だったことをよく覚えている。だからきっと俺はあの日、話しかけたんだ。
彼女に近付いて、彼女自身との距離を縮められれば、周りの印象を変えることが出来るんじゃないかと。
しかし、逆にそれでもいいのでは? なんて嫌なことを考えたりもしていた。
そうすれば、俺だけが彼女の本当の姿を知っていると独占できる。最低な考えだ。彼女はどう考えていたかは理解できない。もしかしたら変わりたくない、このままでありたいと思っていたのかもしれない。
俺が余計なお世話をしたせいで、彼女は俺の目の前から居なくなってしまったんだと、幼いながらに後悔していた。
——何も聞かされていなかった突然の引っ越し。
つい昨日まで遊んでいたはずなのに、目の前からいなくなった。
教室の片隅には机と椅子だけが佇んでいる景色が、とてつもなく現実を押し付けて来ていた。
俺のせいだ。なんて1週間は引きずったか、いや、1か月か、もっとか。
仲良くなっていたと勘違いしていただけなんだって思って、泣いた日もあった。女々しいかもしれないが小学生だから許してくれ。
仲良く遊んでいたんだからそういう事は教えてくれるもんだと思ってたんだ……でも教えてくれなかった。
引っ越しの理由はのちに母から聞かせられた。
俺は怒った。
「どうしてもっと早くに教えてくれなかったんだ。何も言えなかった俺の気持ちを考えたのか! 俺はもっと話したかった。最後くらいちゃんと——」
——なんて言ったっけな。
母は言わなかったんじゃなくて、彼女との約束を守っていただけだと聞かされた。
どうやら口止めされていたらしい。
絶対言わないで、と。
ついでにその時に手紙を渡されたのは今でも覚えているし、今でもその手紙を持っている。
「有くん、突然いなくなることを許してください。私も本当はまだまだ有くんと一緒にいたかったです。でも私にはどうにもできない事情があって、決まったことは変えられません。有君と仲良くなってから今日まで仲良くしてくれてありがとう。またいつか会えたら、私と仲良くしてくれると嬉しいです」
もちろん連絡先なんて書かれていないし、その後あの日まで俺は連絡を取ることは出来なかった。
ずっと覚えていたかと言われればそれは忘れていくもので。
大人になる過程で彼女が出来るし、何人かと交際していたし、そうやって初恋は忘れていく。
片付けをしている時に出てきた手紙を見たら、こんな事もあったなくらいにしか大人になればなるほど考えていかなくなった。それが悪い事だとは思わない。いつまでもあの日を引き摺っている方が気持ち悪い。
でも、こうして改めて長い時間を経て、彼女に会えたことには嬉しく思えるし、運命すら感じる。
間違いなく目の前で話している彼女が、俺の初恋の人。
綺麗になって、性格もちょっと変わって、部屋も汚いが、それでもこの人は俺の初恋の人で間違いない斎藤花なんだと。
「気付いたんだ」
「もっと早く言えよ……ばかが」
「……なんで泣くの?」
「——嬉しいからだろ。言わせんな」
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