17話:会食

 例の時間になった。俺は彼女の素性を知ったわけだが、その事実を確認せずに今に至る。


 今日の会食の料亭に送り、車を降りた際にお互いに顔を合わせて、こくりと頷く。


 なんだか二人で戦い向かうみたいだった。口パクで「頑張れ」と伝えると、彼女はグッと握りこぶしを見せてきた。肝が据わっている。



 車を移動させて、近くにある駐車場に車を停める。車から降りて、深呼吸。


「はぁっー」


 一伸びをして、顔を叩くとまあまあいい音が出て、通行人に見られて恥ずかしくなったのでその場から立ち去ることにした。


 ここから時間が結構空く。会食が数分で終わるわけないので近くのCAFÉで休憩し、彼女からの連絡を待つことに。


 アイスコーヒーを注文した俺は席について、彼女との合図を再び確かめる。


 メール1件だった場合は問題なし。帰れる。


 電話だった場合は問題あり。2件目のお誘い……もしくは。


 電話が何回も掛かってきた場合はヘルプ。今すぐに来い。


 この3つの合図になる。


 最後が一番厄介なので、これにならないことを祈っているが、何とも言えないのが現状である。


 正直、気が気じゃない。

 待ち時間が長く感じすぎて、なんで俺の方が心臓がバクバクしてるんだと言いたい。

 彼女の方が絶対緊張するし、怖いはずなのに。


 なんだか落ち着かないので、俺はコーヒーを飲み干して外へ出ることにした。


 もう一層のことだし、店の近くで待っていよう。車ではなく、立って。その方がすぐに何かあっても店に入れるし、問題解決に手っ取り早い。



 さあ、いつでもかかってこい。


 ——なんて思いながらも、心は落ち着かなかった。




♡♡♡




 正座をし、目の前にいる男に負けじと私は威圧してみる。


 ここで負けたらいけない。これは大事な商談ではないが、こうして面倒くさい接待もしなくてはならない。会社のためでもある。


 そこまでメインの取引先ではないが、こことの取引がダメになると会社的にも結構な打撃を食らう。だから、こことの会食は来たくなくても来ざるを得ない。


「今日もお綺麗ですね、花さん」

「ありがとうございます」


 気持ちが悪い。こんなこと言ってくるのはこいつだけだ。


「今日はお仕事の話は置いて、普通にご飯としましょう」

「そうですか、じゃあ早速ですがいただきましょうか」


 目の前に並べられた豪勢な料理。私はこんなものよりチーズハンバーグの方がよっぽど食べたい。


「では、乾杯しましょう」

「はい」


 呑みたくないビールを手に取り、グラスをこつんと下からあてる。


「美味しいですね、仕事終わりのビールは」

「そうですね、三宅さんとだからさらに美味しく感じます」


「そんなこと言ってくれるなんて、お世辞でも嬉しいものです」


 お世辞でもなんでもないわい。


 言いたくない事も言わなくちゃならない。やりたくないこともしなくてはならない。社長って本当にめんどくさいものだ。


 もういっその事だから退任してまた違う事業として、町の定食屋さんでも開こうかしら。もちろん作るのは私ではなくて西野君で。


「ささっ、ここの料理はとても美味しいんで食べてくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 にっこりと笑って返事をすると、ご満悦な表情だ。単純すぎて笑いそうになってしまう。私ってつくづく性格が悪いなと。


 さっさと帰るためにもバレないようなスピード感で料理を食べ進めていった。




****





 どれだけの時間が経っただろうか。


 彼の話を聞きながら、上手く返事を返してはその場をやりくりしていた。


 妙に頭がぽわぽわする。


 私はスマホを取り出して、時間を確認すると一時間くらいしか経ってないことに驚いた。


「ちょっとごめんなさい。お手洗いに行ってまいります」



 立ち上がると、フラッとしてよろけてしまい、三宅さんに支えられてしまった。


「すいません、なんかお酒に酔っちゃったかも……しれません」


 こんなすぐに酔うはずがないのに、なぜか頭もボーっとするし……西野君を呼ばなくちゃ。


「付き添いますよ」


 耳元で囁かれた言葉に鳥肌が立つ。


「大丈夫です、一人で」

「でも心配ですから」


 ……これ以上言っても意味ないのだろう。

 私は「ではお願いします」なんて言いたくもないい言葉を言い、お手洗いへと向かった。


 肩を寄せられて歩く気持ち悪さ。私はどうしてこんな風に。


 でも流石に何かしてくることはなかった。「部屋に戻ってますので」と言って戻って行くのを確認した上でトイレに入った。


 急いで電話を取り出し、西野君に電話を掛けた。


「……もしもし、西野君」


「大丈夫ですか? この電話が出来てるってことは」


「あんまりかも」


 あの人には聞こえないような声でコソコソと。


「なんかちょっとおかしくて……私お酒一杯も飲んでないのにちょっとふらついちゃって、だからもう帰ることにするから迎えにきて」


「分かりました。すぐ行きます」

「おねがい」



 あまり長いと怪しまれたりするかもしれないので、していないトイレの水を流して、トイレを出ると————。



「大丈夫ですか?」




 三宅さんが立っていた。



……電話を聞かれてしまった。そう考えると冷汗が止まらなくなった。


「だ、大丈夫ですよ」


 平然を装って、私は笑顔で返す。


「でも体調が悪そうですよ。さきほど会計を済ませておきました。秘書に迎えを寄こしたんで家まで送りますよ。どうぞ、裏に来てもらってるんで。ささ、行きましょう」


「え、いや、私は大丈夫ですから……あれっ……なんかふらふらして」


 どうしてか身体に力が入らない。


 私はまた三宅さんに寄りかかってしまった。


「ほら、大丈夫じゃない。送りますよ」

「まって、くだ———」

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