16話:斎藤花
♢♢♢
「これ、登録しておいて」
朝ご飯を食べ終え、唐突に彼女が渡してきたのはキーホルダのようなものだった。
「トウ……ロク?」
何を言っているのか全く理解できずにいると、少し笑って「スマホ出して」と手をくいくいっと動かした。
「何をするんですか?」
「これ、失くしたものとかの現在地が分かるものなの」
「へぇ、こんなのが」
よくある革のキーホルダーみたいものだ……で? なぜ俺がこんなものを登録する必要があるのか教えてください。
「今日、一番厄介な取引先との会食なの」
「なんか急に物騒な話ですね」
そんな現在地が分かるものを登録させて、まるで今日は現在地が分かっていないといけないみたいじゃないか。攫われでもするんか?
「その通りよ」
「思考読むのやめて」
怖いじゃないか。そんなことある?
「ここのバカ息子がね。私にお熱なのよ。本当に迷惑なくらい」
「だからってそこまでしなくても……」
「あくまでも念のためよ。私も注意してるから大丈夫だと思うけど」
仕事になるとしっかりしているので、彼女が大丈夫と言えば大丈夫なのだろうが、わざわざここまでする必要があるのだろうか。以前、無理矢理みたいな。そんな感じのが。
「前、ちょっとあってね。送ってあげるって言われて、私もその時はお言葉に甘えちゃってさ。そしたら家に連れ込まれそうになったことがね」
「それは……」
おいおい、物騒だな。
「私って女だからさ、結構そういうなんて言えばいいのかな? 身体の関係になればメインの取引先として、推してやってもいいぞみたいなのがあったりするの」
まじかよ……社長界隈怖すぎんだろ。闇深いなぁ。
「だから念には念をってことね」
「そう。だから何かあったら助けてね。私のヒーローさん」
「何ですかそれ。でもまあはい。任せてください」
「頼もしいです」
笑ってはいるが何処となくぎこちない。内心はすごく怖いのだろう。
「無理はしないでください」
「分かってるよ、大丈夫」
それから俺達は何時になったらこの料亭で会食をして、何時になったら帰るための電話を掛けてという細かい打ち合わせをして彼女を会社へと送った。
スマホには現在が分かるストラップのおかげで会社にいることが確認できる。世の中便利になったものだ。
それとお互いの現在地を共有するアプリも入れ、念には念をいれまくって望むことにした。
この令和という時代にあまりにも逆行した行為。
いつの時代でもあるってか、胸糞悪い。
彼女はいつもこんなことに神経をすり減らしていると考えると、そら疲れるわ。
俺は家に帰り、早めに掃除に取り掛かることにした。彼女の送り迎えまでは結構時間があるからだ。
***
なかなか進まなかった掃除はだいぶ捗り、綺麗になった。
リビングや廊下は終わったので、後は彼女の部屋くらいである。
もちろん許可は取ってあるので、これからお邪魔して掃除に取り掛かるとする。
まだ時間には余裕があるのでゆっくりやっても問題ないだろう。
まずは仕分け箱に入れられていた服(洗濯済み)をウォークインクローゼットに持って行き、1枚1枚ハンガーに掛けて吊るしていく。
いるもの箱に入っているバッグや化粧品は別の所に収納するのでまた今度。まだ散らかっている服を優先していった。
8畳ほどの部屋にベットとデスクがあり、パソコンに本、雑貨や小さな観葉植物が置かれている。なぜか机の上だけは綺麗。
しかし、その理由も納得。全部下に置いてあるからだ。
そして俺は誤ってそれを蹴ってしまった。
「くそったれ、痛っ! ばかやろーが」
下にあると分かっていても人間という者はなぜか蹴ってしまう。
「……ん? これって」
———なんでここにこれが?
ぞっとして、鳥肌がぶわっと全身を駆け巡った。
見覚えのある写真。そこには小さい頃の俺が写っていたのだ。
「小学校のクラス写真……」
ここまで探偵に雇わせてやっているんだったらちょっとやばいな。ストーカーとかじゃなくて、もはや————。
写真を裏返してみると、右下に名前が書かれていた。
『斎藤花』
見覚えしかない名前。俺が初めて好きになった人の名前がそこには書かれていた。
出ていた鳥肌は収まり、状況が理解できない俺はその場に座り込んだ。
「まてまてまて。どういうことだ? どうしてここに斎藤花の名前が……」
倒された本などに視線を向けると、アルバムと書かれたものがありそれを手に取ると……。
そこには俺と斎藤花が一緒に母親の作ったハンバーグを食べている写真がちょっとした日記と共に貼られていた。
『今日は西野君のお家でご飯を食べさせてもらった。とても美味しかった。また食べたいくらい美味しいご飯だった』
そのアルバムの表紙にも『斎藤花』と書かれている。
「……菊沢花は—————斎藤花」
——————―――――――――――
あとがき
こんばんは。えぐちです。
明日の更新はお休みです。
月曜日は21時に更新するので!
よろしくお願いします。
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