15話:家に帰ってから

♦︎♦︎♦︎


 新居生活が始まりすでに一週間。

 なかなか掃除できずにいた。


 思ったよりお世話係って大変で、車ばかり運転している。


 これじゃもはや役員運転手に近い。 


 隙間時間を見つけては帰って掃除して、ご飯を作って、お迎えに行ってとやっていると休む時間はほぼ無いに等しかった。


 会食や打ち合わせで帰りが遅いとゆっくりできたりするが、それが毎日あるわけじゃない。会食があるとラッキーなんて思ったりする。でもめんどくさいこともある。


 菊沢花は容姿がいいので、取引先の社長に気に入られている場合が多い。加えて独身なわけで。俺にいつも席を外してから電話を掛けてくるのだが、気付かれて後ろに居るのだろう「僕が送って行くから」なんて言ってくる人もいて、めんどくさい事この上ない。


 そういう問題のあるような人の場合は予め聞いているので、車で待つようにしてるので結局休んでいるのだが、車待機なので休みではない。


 まあそういう人の為に俺もビシッとスーツを着て、釣り合ってんだぞ感を出していく。たみにスーツは買ってくれた。一緒に買いに行った日は結構楽しかった。


 それにしても大変だよ、社長さんは。


 その反面、社長であるがためなのか仕事では一流なのだが、家に帰って来ると突然電池が切れてポンコツと化す。


 分からんでもない。近くで見ている俺が一番分かっている。


 彼女のルーティンとして、この1週間を見てきた。


 まず、家に帰ってきたらすぐに靴下を脱ぎ捨てる。

 なので俺は靴下専用箱を作り、脱ぎ捨てるのは良いがここに捨ててくれとお願いしている。意外と言うこと聞いてくれる。


 そして自室へ向かいながら……あ、鞄は車を降りる時点で俺が持っている。

 で、自室に向かいながらジャケットを脱いで、「お願いします」と言って、毎回渡される。


 ウォークインクローゼットに入っていき、部屋着に着替える。ここにもカゴを設置。次の日に回収する。


 部屋着はショートパンツに少し大きめのサイズのTシャツ。

 これがまたえっちで目のやり場に困る。


 しかし、仕事中。


 気を抜いてはいけない。着替えが終わると洗面へ行き、洗顔。化粧を落とし、コンタクトも取って眼鏡に変える。取ったコンタクトはもちろんそのまま放置。これはもう俺が風呂入る時に捨ててる。


 普通にすっぴんを俺に見せてくれる。正直、あまり変化がないので可愛いのは変わらない。


 それが終わるとやっとリビング。


 ソファーにダイブ。死んだようにうつ伏せで倒れ込む。だから目のやり場に困る。


 まあこれが家に帰ってきてからのルーティン。部屋が汚くなっていくのも少しばかり分かる気がした。彼女に一歩寄り添う事で部屋の汚さが理解できた気がするが、もう少し綺麗にしたい。


 あまりガミガミ言わないようにした。というか、言えなくなった。どれだけ疲れているか、彼女の顔を見れば分かる。


 いつも疲れている。


 彼女の仕事に対する重みはこちらでは背負ってあげることは出来ない。

 だからこそ出来る限り、家では甘やかしている。出来る事はしてあげたいなと思っている。


「西野くぅーん」


 この呼び方はマッサージをしてほしい時の呼び声だ。小さい「ぅ」が入っている。


「肩もんでぇー」

「セクハラでは?」

「毎回言ってくるけど、これで私が訴えたら、私とんだくそ野郎じゃない?」

「世の中そういう事する人たくさんいるでしょ。美人局」


 こういうことがあるので一応確認する。


「では、失礼」


「んっ、あぁ、気持ちいよおー」


 変な声出すな。変な気分になるだろうが。


 どうやら俺のマッサージは上手いらしい。金持ってんだからマッサージ屋に行けばいいもののを。と言ったら、家にこんなに上手なマッサージ屋さんがいるんだからお金を払っていくのはバカよ。


 マッサージ屋でも開業しようか……なんて冗談は置いておいて。



「いいねぇ~。仕事終わりのこれが一番の至福だよぉ~」

「そりゃどうも」


 ここ最近、だいぶ会話もマッサージ同様にほぐれてきている。俺も彼女も。

 1週間もすればなれるもので。


「今日のご飯はなにー」

「夏野菜カレー」


「わお、美味しそうだ」

「美味しいに決まってる」


「西野君は本当にお料理上手でお片付け上手で、マッサージ上手で雇った甲斐がありますなぁ……あっ、そこ気持ちい」


 褒められて少し力が入ってしまう。どうやら俺は単純みたいだ。


「もう終わりますよー、ご飯作らないと」


「え、もうちょっとやってよ」


「ご飯作らないと」


「もう少しだけお願い」


「もう少しだけね」


「ありがと」


「どういたしまして」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る