13話:初恋の人と初恋の人
♡♡♡
それから私達の会話に『初恋の花』の話は特に出てこなかった。
期待していたのか、思い出してほしくなかったのか、私の中にはどっちつかずの気持ちがあっちへいったり、こっちへいったりとしていた。
思い出したからと言って恋仲になれるとは思えないし、思い出さなかったとしても恋仲にはなれない。
結局、私達は雇用主と従業員という関係性に変わりはないんだと分かっていた。
きっと彼も私があの時の私だとしても、何も変わらない。あくまでも私は社長であるという事は。
「どうでしたか? チーズハンバーグは」
「とても美味しかったよ。また食べたくなっちゃった。また作ってもらえるかな?」
あの日を思い出すかのように、あの日と同じ言葉を彼に投げた。
「そうですか。じゃあまた作りましょう」
笑みをこぼしながら、返される言葉に私は苦笑いしてしまう。
やっぱり思い出してほしいなぁ……でも、思い出したら思い出したで気まずいよなぁ。
私はこのハンバーグを食べたのは2回目であり、つまりあれ以降今日まで食べることはなかった。
親の都合による急な引っ越し。私は彼に何も伝えられずに、その場から去らざるを得なかった。
きっと一言でも、話せていたら。
なんてことを何回も考えた。
無駄な事だって頭では分かっていても、簡単には忘れられなかった。
でもやっと忘れられたタイミングであなたは——また私に優しくするんだから。
偶然あの日、あなたに会った時、私は運命を感じちゃった。これを逃してはいけないと。これを逃したら、また後悔するって思ったら口が自然と動いてた。
『名前っ! 名前だけでもいいから教えてください!』
本人確認、この人が彼であることを確認するために。あの日の後悔を取り戻すために手繰り寄せたのだ。
思い出すとなにやってんだかって思うけど、あれがなければ今はない。
だから今は思い出されなかったとしても、今を楽しめばいい。彼を独占できるのは私だけなんだから。
「何笑ってんですか? 怖いなー」
「気にしないで、私こういう人なの」
「そうでした」
「なにそれ、生意気」
ムッとすると、彼は笑う。
昔の続きをしている気持ちになって、嬉しさが爆発してしまう。
「社長のそういうところ好きっすよ」
「はっ? ばば、ばっかじゃないの」
「何を慌て———あ、そういうんじゃないんですけど……」
君も気付いて顔赤くするのやめてもらえる? なんで二人して顔赤くしてんのよ。ばかみたいじゃない。
「ばか! あほ! おたんこなす!」
「おたんこなすって久々に聞きましたわ……なんかすんません」
「もういいよ、お風呂入ってくる」
このまま私がここに居るのが辛いので、足早にお風呂へ向かった。
ほんと、ばっかじゃないの。
♢♢♢
彼女といると昔を思い出す。
いつしかの初恋の人。
でも初恋の人と彼女の苗字は違うので、同一人物ではない。
『花』って名前だけで性格も似るもんなのか? なんて考えてみたけど、意外とありそうで困る。
凛って名前の子がクールであるように、花って子は部屋が汚いみたいな。そんなわけあるか。
初恋の花ちゃんは家が汚いとか知らないし、これはただの俺の主観で……きっとありえない。あの花ちゃんの部屋が汚いなんて。想像できない。
やはり別人だ。間違いなく。
彼女と少しだけ会話をして、そそくさとお風呂に入りに行ってしまった————しまった!
俺はお風呂掃除もちゃっかりやっていたのだが、ハイターやりっぱなしだったのをすっかり忘れてた!
「ちょっと社長! まだ風呂入っちゃだめです!」
扉越しに彼女へ訴え掛けると扉が開いた。
「え、なんで?」
「あぶねぇー風呂掃除もしてたんです。ハイターでつけ置きしてて、まだ流してなくて」
「そうなんだ……じゃなくて、ちょっとさあ私のこれ見て何も思わないの?」
彼女はタオルを1枚体に巻いているだけの状態だったが、俺はそれどころじゃなかった。
「あー、はい。そうですね。ちょっとどいてくれます? 流すんで」
「あ、そうだね」
シャワーを流そうとすると、背中をゴンと蹴られた。
「なんですか、危ないな」
「なんですかじゃないわ! こちとらタオル1枚だよ!?」
「だからなんですか。見てませんよ見てませーん」
「いや見ろや! 少しくらい見ろ!」
やっぱこの人初恋の人とは程遠いわ。うん、なんか一緒にしてごめんな?
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