12話:思い出
少しばかり強く言ってしまったが、これは彼女にとっても大事である。もし彼女が独り立ちする時やまた彼氏と同棲することになった場合、一時は我慢できるかもしれないが最終的には時間が経って崩壊する。
この現状、(足の踏み場がほぼない)状態。あまりにも物が多すぎるし、所々に落ちてる化粧品がうざい。誤って踏んだ時の痛みがやばい。服の下に隠れてんのがうざすぎる。
……これでは幻滅されてまた終わる。
そうならないためにも、彼女には掃除というものがどれだけ大変なのかを知らなければならない。
目の前でうるうると目を潤わせながら、服を片付けている彼女を見ると少しだけ悪く思えてきてしまう。
「これでいいですか? これはどうしたらいいですか?」
自分の物なのに俺に聞かれても困る。と言ってやりたいが、流石にそこまで鬼ではない。
予め用意しておいた箱に必要な物、迷う物、要らないもの。という箱を3つ作っておいた。これに彼女がどうするか決めてもらうつもりだった。
「これは要りますか? 要らないですか?」
「うーん、悩む」
「じゃあ迷い箱に入れましょう」
「はい」
こうして俺が聞かないとどうやら判断できないらしい。俺からすると、どれも似たようなもので、変わらないんだけど。彼女にとっては違うみたいだ。
「これは……いらない」
「おっ」
「なによ」
「急に自分で判断し始めたと思って」
「ばかにしてるの?」
「してませんよ。よく頑張ってます」
「でしょ? 私やればできる子なんだから」
「自分で言わないでくださいよ」
涙目だった目も今のやり取りだけで涙はひき、笑顔になる。
この人、実はちょろいのでは? なんて思ってしまったので、これからはとにかく褒めていこうと思う。
「私だってね、このくらいできるわよ。社長なんだぞ、これでも」
「これでも……ねえ」
周りを見渡すそぶりを見せると、彼女は怪訝そうな表情でこちらを見てくる。
「冗談ですって、ちょっとずつでいいんで仕分けだけはやっていきましょう。ね?」
まるで怒っている子供を宥めて、説得しているみたいで少し笑える。自分は一人っ子だからこういう事には慣れていないのに、今の俺ならこの子一人くらいの世話がこなせてしまう自信がある。
「なんか子ども扱いされてる気がする」
「ご名答!」
相変わらず人の考えを見透かすの力は長けている。だからこそ、社長であり会社を大きくできたのであろう。若い女性なら彼女のブランドを知らない人はいないだろう。
「もう馬鹿にしてるー」
ぷくぷくと頬を膨らませる姿が可愛く見えてしまい、目を逸らした。
「ささっ、ちゃっちゃとやってご飯にしましょ。仕分けるだけなら自分で出来ますよね?」
「出来るけど、西野君はなにするの」
「そりゃもちろんご飯を作りますよ。今日はキッチンの掃除だけで手一杯だったんですから」
「ハイスイマセーン」
まるで反省していない適当な謝罪を聞き流しながらも、「今日はチーズハンバーグですから」とだけ一言告げて、キッチンへと向かった。
♡♡♡
まったく。どうして私がこんなめんどくさい事しないといけないのよ! って言いたいところだけど、自分のせいだとよく分かっていた。
だって、勝手に捨てたりは出来ないもんね。そりゃ今日はなにも片付かないよね。
がしかし、仕分け箱にどうしようもない感情をぶつけるかのように服やら何やらを投げ入れたりしていると——。
「物は大事にしてくださいねー」
なんてキッチンの方から声が聞こえてくる。
地獄耳過ぎて怖い。やっぱり私はいくら初恋の人だからって、鬼嫁みたいな人を雇うのは間違っていたのかもしれない。私はどんどん出来るようになって、西野君がいらなくなってしまうのではないかと少し不安になった。
……という事は、手を抜いた方が「これだから社長は俺がいないと——」みたいになるか。
よし決めた。適当にやる事をここに決意。
いつも通りにしよう。やらねばならない時はやって、ちょっとやらなくても何とかなりそうな時はやらないでおこうホトトギス。はいオッケー!
そう思うと、私の手は少しばかり鈍くなるのだった。
***
30分くらいだろうか、黙々とやっているといい匂いが漂ってきたので、その匂いに釣られてキッチンへと移動する。
「ん? どうしたんですか?」
「……」
ちょ、ちょっと、ねえ、生のエプロン姿じゃん! ちょいちょいちょい! 萌えるんですけどぉぉ! 探偵が持って来てくれた写真とかより全然かっこよいんだが!?
「おーい、どうして固まってるんですか?」
「……あ、いやなんもないよ? いい匂いがするなーって思って……」
ちょっと落ち着こうか。うん、はい、深呼吸。
「なんで深呼吸? 匂い嗅ぎすぎでは?」
「これは気にしないで」
はぁ、いい匂い。って違うわい。意味が変わってるぅ!
「もうすぐできるんで。片づけはで進みましたか?」
「もちろん。私はやればできるんだから! もう今日は終わり! 後はまた明日!」
「分かりました。じゃあダイニングテーブルでも拭いて待っててください」
意外とこき使ってくるな。
「おっけー、任せて!」
まあお礼にやってやらんこともないわ。私はやれば出来る——くどいか。
言われた通りに机を拭いて、腰かけるとキッチンからこれ敷いてください。と渡されたものは俗に言うランチョンマット。
わざわざ買ってきたのだろうか? 黄色と青色のシンプルな物だった。
「どっちが黄色?」
「わかるでしょ。社長が黄色です」
「なんで」
「黄色好きでしょ?」
「だからなんで知ってるの?」
もしかして……正体がバレた?
「え、だって名刺も黄色が入ってたし、散らかってる物も黄色が多いから好きなんだなーって」
照れる。めっちゃ私のこと好きじゃん。
「ふぅーん、そっかそっか」
「何でニヤついてるんですか? 気持ち悪いっすよ」
なっ!? た、確かにちょっと気持ち悪かったかも……。
「誰でも分かるでしょ。見てたら」
「そうでもないよ」
意外と人はそこまで見ていない。好きな人だから見てくれているというのも少し違ってたりする。現に私はあなたが何を好きで、何が嫌いかなんて分からないもの。
ただ分かるのは———。
「そんなもんですかね」
彼はにこりと笑いながら出来た料理を運んでくる。この会話はここで終わりだと告げるように。
「はい、どうぞ。特製デミグラスソースのチーズインハンバーグです!」
美味しそう……。わざわざ手間のかかりそうなものを作ってくれるなんて。
それにこれは私の大好物。
「そしてこれはコンソメスープ」
これも好きだ。
「最後にサラダ!」
これは別に好きじゃない。
……考えすぎかな?
何時しかの日のように、出されたメニューみたいで彼が私が誰なのか気付いたのかと思ってしまう。
「……なんでチーズハンバーグなの?」
私はついつい気になって聞いてしまった。
「……え、それは」
心臓の鼓動が跳ねる。
「——ここに来て、初めてのご飯ですから。そりゃ美味しいもの食べたいでしょ! 俺すきなんですよ。昔よく母親が作ってくれて……あっ」
思ってたこととは違う返事に跳ねた心臓は落ち着いていったが、何かを思い出したかのように言葉を続けるものだからまた心臓は活発に動き出してしまう。
「そう言えば、これを一緒に食べた事がある女の子がいて、俺の初恋の子なんですけど。その子が好きだったから好きなのかもしれないっすね。元気にしてるかなーあの子。確か社長と一緒で名前が『花』って名前で————」
……私は今日死ぬのかな?
「どうしたんですか? 顔赤いっすよ。暑いですか? 窓、開けます?」
「お願いします」
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