第2章:新生活

8話:新生活のスタート



 彼女の家の片づけは順調に進んでいた。


 一人で黙々と散らかったものをまとめたり、元カレの服を仕分けて、段ボールに詰めてまとめたりしている。


 意外と元カレさんの荷物が多くて困る。というか、普通さ自分で片づけに来るだろ。なんで荷物纏めてから出てかないんだよ。俺からしてみると違和感しかないわ。


 頭の中で文句を言いながらも、これが与えられた初めての仕事なのでちゃんとやる。


 社長から送られてきた元カレさんの住所があるので、発送ももちろんやらなければならない。


 今の所段ボールで三箱くらいある。持って行くのも一苦労である。しかも発送にかかるお金もこっち持ちだという。俺は反対したんだが、「もうめんどくさいし、それでいいの」と言っていたので、それ以上は言及しなかった。



「ちょっと休憩しよ」



 こうやって自由に休憩が出来るのもありがたい。とはいえ、まだ本業とは言えないので、彼女の家に住んでからはこうはいかないかもしれない。まだ油断は禁物。


 水を飲んで、床に寝転がる。


 めちゃくちゃ油断してるわ、俺。……でも、今は少し寝転がりたい。


 朝から昼も食わずにやっていたのでこれくらいは勘弁して。と誰もいない部屋でポツリとつぶやいた。


「そのくらいは許そう」


「うわぁっ!!」


「あはははっ! 驚きすぎ! でも脅かそうとした買いがあったわ」


 まじでやめろ。心臓止まるかと思ったわ。


「ちょっとマジ勘弁してください。死ぬかと思いましたわ」

「どういたしまして」


 その返答は間違ってる。


「てかどうしたんですか?」


「ちょっと様子見に来た。一日でこんなに進むものなんだね。すごいよ、さすが私が見込んだだけはある」

「すごいの自分なんですね」


「なんだなんだ? 褒めてほしいのかぁ?」


 こちらへずんずん笑顔で近づいてきて、俺の前へしゃがむと——。


「ほーれ、よしよしっ」


「やめいっ」


 頭を撫でられる。


「褒めてほしかったんでしょ? 西野くん、よくがんばってます」

「片付けしてるだけでしょ……」


「誰でも出来るわけじゃないからね。私、こういうのは苦手だから」

「会社のデスクを見てみたいものだ」

「ふふっ、それは見てもしょうがないよ。だって、デスクは秘書が片してくれているもの!」


 なにドヤってんだ。


「とにかく片付けが苦手なんですね」


 世の中にここまで片付けが苦手な人見たことないわ。逆によく元カレさんに隠し続けられたな。絶対どこかでボロ出てただろ。


「私、好きな人がいると頑張れるタイプなの」


「それがなんですか。人の心読まないでくれます?」


「まあまあ、そういう事よ」


「だったら一人になっても頑張れるでしょ」

「無理、電池切れる」


 とんだポンコツ野郎だな。


「じゃあもっと気にしなくても良いような相手を見つけるべきですね。こういう部屋を見ても何も思わないし、綺麗に片してくれる相手をね」


「そんなの簡単に見つかるわけないじゃん。大体、家に上げるとかできないでしょ。だって片付けしないとダメなんだから」


 ……まさか。この家じゃない家も汚いというのか。


「ご名答!」


「まだ何も言ってませんが?」


「この家はあくまでも私の素性を隠して借りた家なの。と、いう事は?」

「もう一つの家があり、その家も汚い」

「せいかーい! パチパチパチ」


 うぜぇ……。なんでそんなに楽しそうなんだよ。


「でも、同棲している間は住んでないんですよね。なんで汚いんですか?」


「そんなの単純だよ。私と彼が住んで居たこの家は一緒に契約したわけじゃないのは知ってるね?」


「って言ってましたね」

「そう、ここはあくまでも会社から近い方。つまり早く帰りたい時用なの」


 金持ちの考えがよく分からん。


「つまり、ここはあくまでも仕事用で、もう一つが本拠地ってことですか?」

「正解。だからここを彼氏との同棲用に変えただけで、普段はあっちに住んでるの」


 ……なんか元カレさんが不憫だな。秘密にする意味がよく分からん。


「元カレが不憫ですね。結婚するつもりだったんじゃないんですか?」


「うーん、それに関してはなんとも言えないなー。結婚する前提で付き合っていたわけじゃないし、でも振られた時は結婚できないって言われてムカついたけど……なんだろうね。私もよくわかんない」


 不憫すぎる。なんか可哀想になってきた。


「まあなんでもいいんですけど、もう一つの部屋も汚いんですね」

「うん、汚いから。これからよろしくね」


「はい、だいじょうぶです。任せてください」

「おお、頼もしい!」


 またこの部屋くらいに汚いんだろうと予測しておく。


「よし、じゃあ私もそろそろ行くね。あとよろしくね」

「はい」


「ちゃんと休憩しながらやってね、じゃあまた明日」

「お疲れ様です」


 彼女を見送り、俺も再び仕事を始める。


「よく分からん人だ」


 そんな独り言が出た。




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