6話:修羅場
シャワーを浴び終え、外に出ると用意された(元カレ)の服であろうTシャツとゆったりしたズボンが置かれていた。
俺はゲロまみれのシャツを着るくらいなら元カレの服を遠慮なく着る。……ふぅ、いい匂いだ、元カレ。
ちょっと気持ち悪いか。まあなんであれ、これで帰れるしありがたく。
「シャワーありがとうございました」
脱衣所からリビングに向かうと、彼女はリビングに置かれたソファーで体育座りをして縮こまっていた。
ちんちくりんで可愛いな、おい。
「……ごめんなさい」
「もういいですから、怒ってませんし」
ゲロを吐いてスッキリしたのだろう。酔いも醒めてきているみたいだなにより。これで俺も安心して帰れる。
「あの……あったかいコーヒーでも飲んでいきますか?」
「んー、そうですねぇ、じゃあお言葉に甘えて」
そう言うと、縮こまった身体は解けて、立ち上がりキッチンへと向かっていった。
にしても、汚い部屋だな。
物が散乱しており、歩くにも一苦労だ。
「汚くてすいません」
「いえ、これからここを片付けるとなるとやる気が出て来ますね! やりがいがあるってかんじで」
「そうですか、なら良かった」
相変わらず元気がない。
立っているのも何なので、「座っていいですか?」と断りを入れた上でソファーに座った。
「お待たせしました。どうぞ」
差し出されたコーヒーカップには元カレのイニシャル……遠慮なく飲ませて頂くぅ!
「美味いっす! 良い豆使ってますね!」
「市販のインスタントです」
「ですよねぇ! 知ってました!」
わざとである。わざとだよ?
「あはははっ! なにそれ、絶対うそだ!」
「いいや! 分かってたし! ただ元気ないから元気にしてあげようと思っただけですし!」
「絶対うそだ! だって顔真っ赤! おもしろい!」
「こ、これはお酒によって、酔っているからです!」
「なにそれ意味わかんなーい!」
きゃっきゃっと笑うので、釣られて自分も笑ってしまう。
———だがそれも束の間。
俺達は笑っていて、気付かなかった。
背後に立っていた男がいることに。
「は、花ちゃん?」
その違和感のある声に、俺達は同時に後ろへ振り返る。
「え、竜くん……なんでここに? え? どうして……」
「いや、その、俺、ここにまだ自分の荷物あるし、それにちょっと……話したくて」
うわぁ……気まずー。俺、めちゃ気まずー。
タイミングが悪い男だなーと思いつつも、俺は立ち上がり「では私はこれにて失礼する」と気持ち悪い捨て台詞を吐いて、ちょいちょいと手ですんませんとアピリながら元カレさんの横を通っていく。
「待って」
「はいっ……」
肩を掴まれてしまった。
「それ、俺の服ですよね」
「あ、借りてまーす」
こんな修羅場に巻き込まないで! 俺、本当に関係ないんだから! ゲロ吐かれただけ! 貴方の服って知ってますけど、今日だけはほんとに貸して! 貸してくれないと俺は裸でかえることになるんだからぁ!
「借りてまーす。じゃないでしょ。返せよ」
「竜くん違うの……これは私が悪くて、その、彼にゲロぶっかけちゃったの。だからね、それで服を貸すしかなくて」
「……は?」
うんうん、そうだよな。そういう反応になるよな。でもそれが事実なの。
「お酒飲みすぎちゃって……それで」
「てかお前、すぐ違う男に手を出すんだな。別れて正解だったわ。男家に連れ込んで、最悪だわマジで。しかもこれなに、きったねー部屋だな」
「それって別れたあなたに関係があるんですか? 振ったのあなたでしょ。それにこの部屋ってあなたが契約してる部屋じゃないとお聞きしましたよ。あなたがどうこう言う必要あんの?」
しまっ———つい、口が。
「お前に関係ないだろ」
「関係ないですよ。でも貴方が言っていることは間違ってる。彼女を責めることはできませんよ。どの立場からものを言ってるですか? 元カレってそんなに言う権利あるんですか? 別れているのに、もう関係ないのに。なんですか? 話しがしたくてって言ってましたけど、ヨリで戻そうとしていたんですか? 笑える、図星の顔だ」
「……うざ。もういいわ。帰る。俺の荷物は全部送っておけ」
「ちょっと待ってください。鍵は返してください。この服も脱いで洗って返しますから」
自分はやけに冷静だった。この状況でちゃんと鍵を返して貰うことがいかに大事か。引っ越しする際には鍵は返却しなければならないのだ。
ふっ、俺ってば仕事が出来る男だぜ。
「要らねーよ! お前が着た服なんて気持ち悪い」
だよねー。俺でもそう言う。
「……ごめんね、竜くん」
感情に任せて、キレて帰っていった後のこの部屋は嫌に静かだった。
「西野くんもごめんね」
「謝らなくていいですよ。それに鍵を手に入れました。これで俺はここにあなたがいなくても掃除しにこれるし、引っ越しの時に鍵の返却まで出来ちゃう。もう彼のおかげで仕事が捗りましたわ! あっはっは!」
せっかく元気になってきていたのに、しゅんとした彼女をまた元気づけるためにちょっと大げさに笑ってみた。
「ふふっ、あなた仕事ができるのね」
よいよい、それで。
「さて、俺も今日は帰ります」
「え、もう帰るの?」
やめて、その眼差し。
「帰ります、よ?」
「コーヒー残ってるけど……?」
なんなんこの人、ずるくない? それは。
「それに今帰ったら、もしかしら外に彼がいるかもしれないし、どこかで鉢合わせてしまうかもしれないよ。ちょっと時間置いてから帰ったら?」
「確かにそれもそうですね。じゃあコーヒーを飲み終わってから帰ります。この服はもうもらっちゃってもいいですかね? いらないですけど」
「いいじゃない? 彼もその誤解してたみたいだし……まあうん。捨てておいて」
名残惜しそうに、でも過去を断ち切るように彼女は静かに言った。
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