5話:酒は飲んでも吞まれるな
腹もいっぱいになった頃、彼女はもう出来上がりまくっていた。
「でゃからあー、わたしゃぁー振られてぇ————」
この話はもう5回目だ。くどい、しつこい、うるさい。
「はいはいそうなんですねー」
ずっとこれ。この繰り返し。
「もう帰りましょって。吞まれまくってるじゃん。誰よ、さっき酒は飲んでも呑まれるなんてふざけたこと言って奴は」
「はぁー? 誰にタメ口聞いてんだぁ?」
眉間に皺を寄せ、前屈みになってこちらを睨んでくる。
「ちょっと危ないって、燃える燃える」
こりゃもうだめだ。カエロウ。
「会計を済ませるんで、ちょっと待っててください」
伝票を持って、レジへ向かおうとすると袖を掴まれた。
「ちょっとどこ行くのよ」
「会計だって言ってんだろ」
「私も行く」
「はいはい、じゃあ荷物持って来てください」
ちなみに代行サービスは3回目の同じ話を聞いた辺りでこっそりと頼んであるので、もう会計を済ませたらすぐに出れる。
「ちょっろまっれよぉー」
今のこの人に社長としての威厳は皆無。
もし、可能であればこの人と出会うのはこういう関係じゃなく、もっと普通な関係で友人であったならば、俺はきっとこの人が好きになってしまうのだろう。
それくらい彼女は魅力的である。
だがしかし、俺は残念ながらそういった関係にはなれないわけで。
「なんかつめたくなぁ~い?」
「冷たくありませんよ。さ、早く帰りましょ」
酔ってふらふらの彼女を支えながら、店を出る。
外には呼んでもらってい運転代行が待ち構えていた。
「西野様ですか?」
「はい、すみませんがよろしくお願いします」
鍵を渡し、俺らは後部座席に座って代行業者に住所を伝えて車は進み始めた。
車に乗ってから、数十秒。彼女はすぐに寝息を立ててすやすやと気持ちよさそうに寝ておられる。
もたれ掛かってくる彼女の頭を肩で支え、じっと我慢。
「たくさん飲まれました?」
運転代行業者の方がミラー越しに話しかけてきたので、「あ、はい。まあまあ」と軽く返事を返す。
「きっと楽しかったんでしょうね、
「彼女じゃないですね」
「あ、そうなんですか。とてもお似合いだったので……失礼しました」
絶妙に気まずい空気が流れ、それから俺達は一言も話すことはなかった。
「……お似合いねぇ」
少しだけ嬉しかったのはここだけの秘密だ。
***
元カレとの愛の巣(仕事場)に到着し、彼女を起こして車から降りた。
「ありがとー……ごめん、吐きそう」
車から降りた途端、口を抑えて俺の肩に寄りかかってくる。
「ちょっとこんなところで吐かないでくださいよ! もう目の前家なんですから! 鍵! 鍵出してください!」
「鞄には、いってる……部屋番は205」
「分かりました、鞄を触ることにお許しを」
肩にかけてる鞄をこちらに引き寄せ、片手を突っ込みまさぐる。
焦っている時こそ時間が掛かるものだが、意外にもすぐ見つけられた。なぜなら鞄の中は綺麗に整頓されていたからだ。
鞄の中は綺麗なのに自分の部屋は汚いのはなぜだろうか……なんて考えている場合ではなくさっさと家に連れてかなければ。
「もうすぐですからぁ! もう見えてきましたから205!」
ガチャガチャと鍵音を鳴らしながら、鍵穴に挿そうとしても焦って中々挿さらない。
「うぅ、やばい……」
「ちょっ、まっ————」
「うぇっ」
吐き出されたものは綺麗に俺の服を彩った。
まるで芸術物だ。
——なんて言ってる場合か!
もう玄関まで来ていたのに、ここでOUT。
「うわぁーん、ごめぇーん」
泣くな。こんなところで。
幸い俺が受け止めたから、床にはさほど飛び散っていない。これはマジでラッキー。
俺は彼女を先に家の中に入れ、吐き出された汚物が床に落ちないように家にお邪魔した。
流石にこれで帰るのは嫌すぎる。
家の中は案の定汚いが、今は俺の服の方が汚すぎるので何も思わない。
「西野さん、こっち風呂だから……入ってきて」
申し訳なさそうな顔しているが、吐いたから少しばかりすっきりしている表情だ。申し訳なさそうだが。
「ありがとうございます。ちょっと借りますね」
「……ごめんなさい」
しゅんとした彼女は少し面白く、やらかした感が半端なく伝わってくる。
「別に怒ってませんから。あとこれ、捨てといてください」
脱いだ服を渡すと小さな声で「はい、すいません。服も用意しておきます……」と言っていた。
——お酒は飲んでも呑まれるな。
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