4話:有くん
さて、焼肉屋さんに着き、案内された席についた。
「生2つで」
「えっ、俺運転あるのに」
「代行使えばいいでしょ」
運転代行を使う人初めて見た。だったら最初からタクシーとかで良かったのでは? なん
て思ってしまうのは無粋なのでやめよう。
「さあ今日はお疲れ様会です。とことん吞みましょう! あ、でも酒を飲んでも吞まれちゃだめですよ?」
「自分あんまりお酒飲まない方なんで大丈夫です」
「そうなんですね。じゃあ代わりに私が呑みますね!」
それはよく分からんのだが? 代わらなくてもいいです。普通にしてください。
タッチパネルを操作し、ビールにお肉につまみを淡々と決めていく彼女。それを見ていると仕事もこんな感じで進めていくんだろうと思った。
時折、独り言が出ているのもきっとそういう感じなんだろう。これからこの人の下で働くのだからこの人をよく観察しておこう。
仕事に対する視線は間違っている気がしたけど、こんな俺を拾ってくれたことには感謝している。それなりに恩返しが出来ればと思っている。
「適当に頼んじゃいましたが良かったですか?」
「いいですよ。嫌いな物ないんで」
「あら、そうでしたか」
それは知らないんだ。
「あのずっと気になってたこと聞いていいですか?」
「いいですよ。なんですか?」
「なんか俺にここまでしてくれる理由って、なんですか?」
「ああ、それはあれです。気まぐれです」
「絶対うそだ。だって俺はあの日が初めてだったんです。あなたに会ったのは。それになにもしてない」
そう、ハンカチを渡しただけ。
「ハンカチを貸してくれました」
「それだけなんです。俺はあなたにハンカチを渡しただけそれだけなんですよ」
「理由なんてそれだけでいいじゃないですか」
にっこりと笑って言うが、それで納得できない。
「お待たせしました。生ビールです」
「お、待ってました。ささっ、呑みましょっ!」
グラスを渡されて、勢いで乾杯させられる。上手いことはぐらかされた。
なんだか腑に落ちなくて、でも今そんなに考えても仕方ないとも思った。
ラッキー! ぐらいな気持ちで受け入れるとする。
「かあぁぁ! 美味しぃー!」
急におっさんみたいな人が出てきた。
「仕事終わりの一杯が一番美味しいですね」
「あのさ、ずっと思っていたんですけど敬語やめません? お互いに。すごいむず痒いというかなんと言うか。あなたに敬語使われるの気持ち悪いんですよね。お互い同い年なんですし」
……この人、この顔で俺と同い年だと!? なんなんだこの差は?
「気持ち悪いって言われても、一応雇い主になるんですし……」
「あー、それそれ! それが気持ち悪いんです」
……ひどい。
「そんなこと言いながら、あなただって敬語ですよ。というかなんて呼べば? 社長? それとも菊沢さん? 菊さん?」
「水戸黄門みたいだからやめて」
「それは助さん格さんだろ……」
「とにかくやめて。呼び名はそうですね……花ちゃん?」
「酔ってるなこの人。まだビール3口くらいしか飲んでないのに」
「酔ってません! 私はこれでもテキーラショットいっぱいイケます」
その「いっぱい」は漢字によって、意味が変わりますが?
「花ちゃんはやめましょう。公私混同、俺の周りからのイメージが悪くなります」
送迎があるのだからある程度は俺の顔も社員に知れ渡ることになる。その時に社長の名前を呼ぶなんて、こいつなんだってなる。
「そっか、それもそうだよね」
なんでしゅんとしてるの?
「無難に菊沢さんでいいんじゃないですか? 貴方も俺を有くんなんて呼ぶのは気持ち悪いでしょう。だから俺は西さんとか西野さんとか西野でも何でもいいです」
「じゃあ私は有くん呼びでいく」
「人の話聞いてました?」
確実にお酒に弱いだろこの人。焼肉の火にあてられて頬が赤くなっているのか、それともお酒の影響で頬が赤いのかは定かではないが、後者だろうと勝手に決めつけておく。
「有くん」
「はい」
「有くん」
「何ですか」
「どうですか? むず痒いですか? うふふっ」
お肉を焼きながら、酒を飲んで、一人で楽しそうだ。「どうぞ」といいながら、お肉をこちらの皿に取り分けてくれる。
「むず痒いです。それにやっぱり敬語は抜けないです。頑張りますけど、今すぐにはできないですね」
「私も言っててちょっと恥ずかしいんで、徐々に変えていきますね」
変えなくてもいいんだが。と言いたいところだった。
「ささ、今日は俺のお疲れ様会なんで肉食べましょ!」
トングを手に取り、注文していたお肉を今度は俺が焼いていくことにした。
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