1話:コーヒーは無糖派でしたよね?
あの変な女[菊沢花]に出会ってから2週間。
やはり連絡は来なかった。メモもしないで覚えられるはずがない。
そんなことはさておき、刻々と迫る退職日に俺は頭を抱えながらも家に帰ってきては転職活動に勤しむ。
ただやはり中々いい条件で雇ってくれそうな会社は見当たらない。何社か応募はしてみたものの、書類選考で弾かれたのが3社。面接までしたのは1社のみ。
しかし、応募条件とはだいぶ異なる話だったのでこちらからお断りした。
つくづくこの世の中は甘くないと思い知らされた。
そんな今日も今日とて、家に帰って来たので作ったご飯を食べながら、片手にスマホと行儀の悪い食べ方で仕事を探していた。
「本当に良いところがないな」
昨今、給与の上昇が話題になっているが、そんなのは嘘に近い。求人を見ていれば分かる。人を何だと思っているんだというような求人が多い。
年功序列はやはり変わらない。それもそうだろう。当然だ。
新人より入社5年目の方が給料が安かったら困るわけで。当たり前のことなのだ。
そんな現実を目の当たりにしていると、働くのが嫌になってくる。
「はぁぁ」
毎日こんな感じの自分にも辟易する。探しては溜息。嫌になる。
スマホを床に投げて、ご飯に集中することにしようとした時、床に転がっていたスマホが振動し音を立てた。
スマホを手に取り、画面を見るとそこには知らない番号が表示されていた。
ボタンを押して、恐る恐る電話を耳に当てると——。
『あ、もしもーし』
「はい、西野です」
『こんばんはー、菊沢です』
え……なんで?
『おーい、聞こえてますかー』
「ああ、すいません。ちょっと驚いて」
『あははは、それもそうですよね。今大丈夫ですか?』
「はい、大丈夫ですけど。どうかされましたか?」
一体、今さらなんの電話なんだ? 電話なんて掛かって来ないと思っていたのに。
『あの、これからちょっと会えません? あの公園のブランコで』
……もしかして俺は恩を売ったから、お返しの告白なのでは? とか邪な考えをしてしまった。
デート? もしかしてえっと、そっち系? んなわけないか。
というか、あんまり顔を覚えてないんだよなぁ。どんな顔してたっけ?
「会えますけど……」
『じゃあ決まりで! じゃあ今から15分くらいで着きますから』
「え、早っ———」
切られた。
「はえーよ。着くけどはえーよ」
急いで食べていたご飯を口に掻き込み、部屋を出た。
***
公園に辿り着くと両手にStarBで購入したであろうコーヒーカップを持ってブランコに座っている彼女の姿が見えた。
よく見ると、綺麗な女性であるし、誰もが可愛いと言うであろうビジュアルだった。遠目から見ても可愛いのが分かるのはやばい。
あの時の俺はやはりどうかしていた。あんな美人な人を前によく平然と話していたよなと過去の自分を褒めてやりたいくらいだ。どうかしている。
向こうは俺の歩く足音でこちらに気付き、にこりと笑った。
か、可愛い……。やばい、なんか緊張してきた。
「こんばんは。お待ちしておりました」
「こ、こんばんは。お待たせしました」
彼女は白のボウタイブラウスを着ており、下は薄ピンクのフレアスカートであまりにもこの寂れた公園に似合わない格好をしていた。
綺麗に染められた茶髪のロングヘアーが風に揺られ、つい見惚れてしまう。
かくいう俺は部屋着というか、割とラフな格好でこの格好がとても公園にマッチしていて、彼女とはとても釣り合わない格好をしている。
なんだか早く帰りたくなってきた。
この間のようにブランコに腰かけると、早々に彼女が口を開く。
「これ、買ってきました。コーヒーは飲めますよね? アイスコーヒーです。あ、もちろん
「あ、ありがとうございます」
コーヒーを受け取ると彼女はそのまま言葉を続けていく。
「急にお呼びして申し訳ございません。今日はどうしてもあなたに伝えたいことがありまして」
すごく真剣な表情だ。この前の彼女は嘘のように凛としているし、雰囲気も全然違ってまるで別人のようだ。
「俺に伝えたいことですか?」
「はい、とても大事なことです」
まさか俺に気があるとかじゃないよな……? んなわけないよな、うん。こんな俺にそんなわけない。
俺は謎の緊張をほぐす様にもらったコーヒーを一口、二口と連続で飲む。
「あの私のお世話係になりませんか?」
「ぶほぉぉ!!」
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