第26話 新城有紗③
近藤勇也との電話を終えたのだろう。
クリニックの扉を開けて遥さんが入ってきた。
「終わったの?」
「ええ、英君たちにもよろしくって」
「へえ」
近藤勇也と湯沢幹。
あの二人はこれからどうしていくのだろう。
十字架を背負った人間と背負わせてしまった人間。その行き着く先を想像するだけで身震いしてしまう。
「湯沢幹の気持ち、分かる気がするな」
隣に腰かける遥さんにそうぼやく。
「自分の居場所を壊される。たとえそれがどんな小さな可能性であったって絶対に許せないって気持ち、よく分かるよ。ましてや自分にそれを食い止める力があるのならさ」
それを振るわないという選択肢を私は持たない。
浅倉将吾の一件で改めて、自分の中にいる怪物が凶暴極まりない存在であることを自覚させられた。
先輩と遥さんに止められたあの時。
人目も憚らずに泣いたのは人の命を奪いかけたことの恐怖ではない。2人と離れ離れになること、居場所を失いかけたことに対する恐怖からだった。
相変わらず私の倫理観は壊れている。
「確かに似てるかもね」
「……そっくりでしょ」
けれども決定的な違いはある。
大分怪しいが2人のおかげで私は最後の一線は超えていない。しかし、湯沢幹は違う。止める者も気づく者もなく人知れず一線を越えてしまった。
湯沢幹を裁く法はこの国にはない。きっと誰にも彼を裁くことはできない。
人の命を奪った事実をこの先の人生で、彼の命が尽きるその時まで背負い続けていかなければならない。たとえそれがどんなにしょうもない命であったとしても。
「2人がいてくれてよかった……」
「どうしたの、急に?」
「遥さん、私がいなくなったらいや?」
「絶対いや」
間髪入れずに返ってきた言葉に相好が崩れる。
「私も2人がいなくなるのは絶対にいや」
遥さんに抱き着く。受付の目があったが気にしない。
身勝手かもしれない。
でも願わずにはいられない。
湯沢幹が自分の居場所がどうか守られますように。
理不尽によって失いかけた居場所を守るために彼は罪を犯しました。
勝手なことは分かってます。でも、どうか。
彼の居場所が彼を優しく迎え続けてくれますように。
人には寄る辺が必要だ。
孤独を好む人はいても耐えられる人はそうはいない。
あの西中の6人だってそうだ。
普通はいじめっ子同士が大人になってもつるむなんてことはない。後ろ暗い過去から人は逃げたがる。
でも彼らは繋がり続けた。
きっと分かっていたのだろう。
この世界に自分たちの居場所がないということに。
だからお互いを仲間と呼び、過去を美化し、依存し続けた。
同類同士を寄る辺とし、ギリギリのところで生きてきたにすぎなかった。
人はそれだけ弱いのだ。
「湯沢幹は、大丈夫だと思うな」
「どうして?」
「近藤くんが見捨てないって言ったから」
胸に生まれかけたしこりがわずかだが取れたような気分になった。
そうか。
だったら何とかなるかもしれない。
「先輩、今日は長そうだね」
遥さんに抱き着きながら診察室の扉を眺める。
事の次第を山瀬先生に伝えると言っていたので、詳細を知りたい場合のサポートのために今日は2人で来た。
終わった後は外食に行くのもありかもしれない。
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