第25話 近藤勇也⑤
「今回は本当にお世話になりました」
『お礼なんていいよ。大したことはしてないから』
あれが大したことじゃあないなら俺たちみたいな凡人は一生かかっても徳なんて積めないな。
電話相手の謙遜に苦笑してしまう。
「そんなことないですよ。南波先輩たちにはホントお世話になりっ放しで。先輩にいたってはわざわざ尾上なんかの前に矢面立ってもらって」
『……尾上と浅倉に関してはもう何も心配はいらないよ。2人とも捕まるのは時間の問題だからね。近藤君たちにどうこうする余裕はないと思う』
浅倉に関しては思考回路が意味不明すぎるから安心するのはまだ早い気がするが、尾上に関しては南波先輩の言う通りであるなら大丈夫だろう。
南波先輩たちとの会合の後、尾上は妻である木澤彩を連れて実家に逃げ込んでいるらしい。
高跳びや雲隠れではなく実家に泣きつくという選択肢。それがあの男の限界なのだろう。巣にこもれば何とかなるとでも考えているのだろうか。
記憶の中にあるリーダー面した気取り屋。その仮面が剥がれてしまえば本性はなんてことはない。家と金と顔しか取り柄のない子ザルだったわけだ。
「……木澤って妊娠してましたよね?」
「……SNSでもアピールしてたね」
性犯罪者の親父とは生まれる前から人生が早くもハードモード確定してしまうとは。
親を選べないとはいえこれはあんまりだろう。
「優しいね……」
「子供に罪はありませんからね」
生物は環境に適応して生きてきた。人間だってそうだ。環境によっていくらでも生き方が変わってくる。
子供なら猶更だ。
「子供……か」
『今日あの子に会うんでしょ』
「ええ、まあ」
面識を持つようになってから時折、南波先輩はこちらの考えていることを先読みするようなことがある。
町山といい、あの新城さんって人といい、この人たちは一体何なのだろうか。
『心配?』
「そりゃあ、色んな意味で心配ですね」
みきが超常の力を使って金子たちを自殺に追い込んだ。
事実を聞かされても現実感がなさすぎる。誰が聞いたってこんな話信じるわけがない。
俺も町山たちに会わなければ鼻で笑っていたことだろう。
「……俺のせいかもしれません」
『……』
「俺、自分の過去の経験をペラペラとあいつに喋ったんですよ。その上、健や澄子に起こったことも事あるごとに話しちまった。あいつは優しいやつだから俺たち以上に俺たちのことを考えていてくれていたのかもしれません」
『じゃあ、どうするの? このまま距離置いちゃう?』
「いじわるなこと聞かないでくださいよ。ますます責任感じちまう」
自分の身の上話なんて話すべきじゃなかった。ひたすらに子供たちの話だけを聞いておく、そうするべきだったのだ。
子供は大人が考えている以上に大人を見ている。
吐き捨てた恨みつらみをあいつは正面から受け止めてしまったのだ。
善悪で見ればみきのやったことは悪だろう。ドラマだったら正義面した主人公が啖呵を切って断罪する所業だ。
でも、もしも。
みきが何もしなければ金子たちによって健と澄子の生活は無茶苦茶になっていたかもしれない。浅倉まで首を突っ込んできた可能性もあった。加減の分かっていない害獣は目も当てられない惨状を作り出したことだろう。
あいつらに何かあったら俺はきっと正気ではいられない。
みきは悪なんだろう。世間一般では。
「南波先輩」
「何?」
「あいつは、みきは、悪なんですかね?」
別に賛同が欲しいわけではない。
でも少なくとも俺たちに、いや、俺にとっては。
湯沢幹は何にも代えがたい恩人だった。
「……気休めになるかどうかは分からないけど」
少し間を置いて南波先輩が話し出す。
語られたのは死んだやつも含めた西中の6人に訪れたであろう未来だった。
金子智明は営業先に置いて度重なるトラブルを引き起こし社内でも問題児として扱われ、湯沢製作所の担当も前任者が病気で倒れたことによる一時的な代役にすぎなかったらしい。健たちには当然のように黙っていたが、あのまま生きていたとしたら健たちに行った所業によって会社からたたき出されていた可能性は高かったようだ。
事前連絡もなく問題社員をよこす会社の自浄作用にどこまで期待していいか些か疑問は残るが。
高橋奈美は、勤め先からの評価は芳しくなかった。メンバーの中では常にぶりっ子に振舞い、教員に対する媚ウリを欠かさない生き方は社会に出てからも変わっていなかった。大した仕事もできないくせに拙いおべっかだけは露骨な薄っぺらい姿勢などほとんどの場所では相手にもされない。
高橋の勤め先も例外ではなかった。
狭い世界で通じていた処世術が通じず、拠り所を失ったやつが逃げ込んだ先は夜の店だった。それも大金を要求されるような悪質な部類の。
金はすぐに尽きたが欠けた肯定感を満たすためにあいつは自分の身体を売り物にしていた。大した額は稼げなかったようだが。
小野夕夏が休職した際、同僚たちは歓喜したらしい。陰湿ないじめによって退職者を続出させ、上司が諫めようにも男性だった場合は女であることを最大限悪用してあらぬ濡れ衣を着せる有様だった。
目を付けられるのが怖くて社員のほとんどが口を閉ざしていたようだが、小野が死ぬ少し前にあいつのものらしき裏アカが見つかっていたそうだ。
過去の所業も含めて内容のえげつなさは雇用している会社の信用問題に発展するものであったらしく調査が進められていたとのことだ。
木澤、現尾上彩は売れないモデルだった。女王様気取りのバカ女は自身の容姿に自信を持っていた分、嫉妬も深かった。
自身が足元にも及ばない南波先輩を潰すために尾上や浅倉を焚きつけたと聞いたときにはあいつならやり兼ねないと思った。
高校入学を期に芸能活動をスタートしたようだが路傍の石頃同然の扱いですぐに引退を決め、尾上正道と交際。そして結婚に至っている。
金持ちとして人生の安泰を狙っていたようだが尾上に待っているのは破滅しかない。
やつの親からの援助で生きていくという道も残されていると思うがそれにも暗雲が漂っているらしい。
「なぜですか?」
『彼女のお腹にいる子の父親が本当に尾上正道なのかっていう話』
聞けば尾上と結婚してからもバカ女は密かに他の男と交際を続けていたそうだ。
性獣のパートナーも同じく性獣であったということだ。
DNA検査をしてみないとハッキリしたことは分からないがこの所業が公になった場合、あの女がどうなるかは想像に難くない。
浅倉将吾そして尾上正道に関しては論ずるにも値しない。
論外だ。
「……どうやってそんな情報を?」
『内緒』
電話越しからでもいたずらっぽく笑っているのが想像できてしまった。
何とも力が抜けてきた。
聞けば聞くほどにしょうもない。
くだらない、本当にあんなくだらないやつらのために俺も、健も、澄子も、やつらに踏みにじられてきた顔も知らない何十人もがこれから先も長い時間をかけて苦しまなければならないのだ。
「こんなのバカみたいじゃないですか……」
『誰が?』
「みきに決まってるでしょ」
分かりきったことを聞かないでほしい。
どうせ破滅する未来しかなかったくせにどうしてまた現れた。お前らさえ現れなかったらあいつはあんなことをしなくても済んだ。
お前らのクソみたいな命のために。
あいつはこの先の人生でずっと重い十字架を背負い続けなければならないのだ。
「あいつのやったことに何の意味もなくなるじゃないですか、そんなの」
守るため。
その為にやったのにそれが無意味であったかもしれない。
そんなのあんまりだろうが。
『じゃあ、どうするの?』
再び同じ質問が向けられた。
『このまま距離置いちゃう?』
「……いじわるなこと聞かないでくださいよ……」
そんなことできるわけがない。
正直、あいつに対して何を話すべきか、言うべきか皆目見当もつかない。会うこと自体も怖い。
約束の時間が迫っていることに動悸が止まらない。
それでも会わなきゃいけない。
話をしなければいけない。
俺は。
「大人なんですから」
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