第19話 浅倉将吾④
寂れた工業団地の通り道は夜になると人通りはほとんどなくなる。車1台路駐したところで対して目立ちはしない。
頭が痛い。
集中してないと意識が泥沼に沈みそうになる。
「クッソ」
繋ぎとめるためにハンドルに頭をぶつける。
クラクションが鳴る。
慌てて周囲を見渡したが人っ子1人いない。
ホッと胸を撫でおろし座席に体重を預ける。
ここ2,3日どうにもおかしい。
頭は痛いし、思考は霞がかっておぼつかない。酒を飲んでも夜中には眠れず、日中は虚脱感に襲われる。おまけに下痢がひどい。
訳の分からない焦燥感に襲われて叫び出すこともしばしばだった。
一体どうしちまったんだ、俺は。
理由の分からない不安の火が胸から消えてくれない。自分が自分でなくなりそうで怖くて仕方ない。
怖いってなんだ? 一体、俺は何にビビってる?
頭を抱える。痛い、痛い、痛い。
ああ、ダメだ。何だこれは? どうしちまったんだ? というかここどこだ。何で俺、こんなとこにいるんだ、1人で。
なけなしの正気を振り絞って考える。
「……そうだ」
思考する。ただ、それだけのことなのに恐ろしいほどのエネルギーを使ってしまった。身体中を脱力感が襲う。
しかし、そのかいはあった。
そうだ。ここだった。ここに来てから俺はおかしくなったんだ。
下見が終わったから帰ろうとした矢先に誰かに声をかけられたところまでは覚えている。そこからの記憶は曖昧だ。気がついたときには住処に戻っていたが、身体はこの有様になっていた。
理由を思い出す。
そうだ。ここでおかしくなったから確かめに来たんだ。あの時、声をかけてきたやつが間違いなく俺に何かをやった。顔は覚えてない。だけど、若い男の声だったような気がする。そいつを探しに来……。
「……いや、違うだろ」
2,3度首を振り、その思考を振り払う。
違う。そうじゃない。
俺はそのために来たんじゃないだろ。
正面の建物を見据える。
『湯沢製作所』と銘打たれた寂れた看板に相応しい寂れた工場にはほのかに灯りが灯っている。
中にいるのは数人のジジイ、そして枯れ木だ。小銭を稼ぐためにせこせこと働いているようだ。残業してまで一生懸命働いている自分に酔っているようで吐き気がする。
ああ、イライラする。
「さっさと出て来いよ……」
やはり人数を用意しておくべきだったと後悔しそうになるがその考えもすぐに振り払った。
今の自分がまともじゃないのはよく分かっている。こんな姿を見せてしまったらたちまちのうちに人は俺から離れていく。俺の生きる世界は舐められたら一巻の終わりな世界だ。弱みなんて見せられない。それに……。
これは、これだけは、俺がやらなきゃいけないんだ。
「ごめん、ごめんな……」
涙がこぼれる。頬に熱いものを感じる。
智明、奈美、夕夏、ごめん。一瞬だけのこととはいえ、お前らの事を忘れて自分のことばかりにかまけちまって。本当にごめん。
「ちゃんと、敵は取ってやるからな……」
苦しかったよな、辛かったよな、痛かったよな。
お前らがそんな思いして死んじまったっていうのにあんな枯れ木がのうのうと生きてるなんて理不尽だよな。許せないよな。
目元をこする。
怒りで自分を奮い立たせる。
自分への怒りも混ぜている。
思うように動かない身体もその一念で動かしてここまで来た。
「許さねえ……絶対、許さねえ……」
身体を起こす。命綱のようにハンドルを握りしめ、呪文のように同じ言葉を唱える。それが靄がかかる思考、しおれそうになる心を必死に繋ぎとめた。
「許さない許さない許さない許さない……」
背後から強烈な光が刺してきた。
咄嗟にニット帽を被り、かがんで身を隠す。光の正体を横目で確認する。
1台の自動車が横を通り過ぎていく。
前と後ろに何人か乗っていた。助手席側に座っている男の顔が目に入る。
「……は?」
視線が男へと釘付けになる。
同時に記憶がフラッシュバックする。
遊んでやっていたおもちゃの中で一番反抗的なやつだった。
気持ちの悪い生き物を弟だと思ってるイカれ具合を可哀そうに思って使ってやったというのに彩や夕夏たちに唾を吐きかける愚行を犯すようなやつだ。
お似合いの飯を振舞ってやってようやく折れたと思っていたが、あいつも卒業式の日に枯れ木と一緒になって俺たちの前に現れた。
10年経っても忘れることはない。
際立った特徴もない忌々しい面だ。
何であいつがここに?
いや、違う。
そんなことはどうでもいい。
何であいつもいきてるんだ。
枯れ木だけでも許しがたいのに、腹の底から虫唾が走るというのに、あいつまで生きている。息をしてこの世界に存在してしまっている。
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。
バカにするのも大概にしろ。
どうしてだよ? 何であいつらじゃなくて、お前らが生きてるんだ?
生まれてきてすみませんでしたって謝りながら死ぬべきはお前らの方だろ? 智明でも、奈美でも、夕夏でもない。お前らのはずだろ?
神様。あんたクソッたれだ。こんな残酷ことあるのかよ。
「……死ねよ」
自然とこの言葉が漏れた。
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