第18話 町山英心⑧
びっくりした。
本当にびっくりした。
急に様子がおかしくなったと思ったら、近藤君の背後から突然影が湧き出てきたのだ。
ぶつぶつと何かを呟き始めたのもつかの間、席を立ち上がろうとしたので咄嗟に手を伸ばして祓ってしまった。
近藤君が茫然とした顔でこっちを見ている。
大丈夫そうだ。
両隣を見る。
遥さんと新城さんもホッと息をついてる。
「お前……やっぱり町山なんだな」
呆けた顔のまま近藤君が呟く。
……今まで誰だと思って話してたんだろう?
気を持ち直したのか近藤君はしきりにお礼と謝罪を言ってきた。
僕らの話によほど心をかき乱されてしまったらしい。だとしたら少し申し訳なくなる。
一旦落ち着こうということで全員手元のコーヒーに手をつける。
この店オリジナルのブレンドらしいがインスタントとの違いがよく分からなかった。
全員が喉を潤してしばらく、最初に口を開いたのは遥さんだった。
「近藤君。そんなに慌てるってことはそっちでも何かがあったってことだよね?」
遥さんの問いかけに近藤君は頷く。
「正確に言うなら、俺の友達のことなんですけど」
含めたようにそう言いながら近藤君の視線が僕に向けられる。
「町山、小倉健と堅田……今は結婚して小倉と同姓なんだけど堅田澄子って覚えてないか? 枯れ木のようなノッポと小学生みたいなちっこいのなんだけど」
小倉に堅田、ノッポにちっこいの……。
記憶を漁る。何となく覚えがあるようなないような。
ひょっとして……。
「……卒業式、出てた、あの?」
「そうそれ!」
食い入るように正解だと言われ、間違っていなかったことに安堵する。
「あっ、そうだ。あの2人もお前に会いたがってたぞ」
「……え?」
思わず返答に窮してしまう。
口ぶりからしてその小倉君に堅田さんも僕と関わりのあった人なんだろうけど、本当に申し訳ないのだけど祓った人の顔とかイマイチ覚えていない。
何となく朧気な記憶はあるのだが、中学時代に関しては何かおかしなフィルターがかかっているようにはっきりせず、あやふやだ。
何故かは分からない。
ろくでもない思い出が多かったせいか、それとも手前勝手な罪悪感のせいか。
「近藤君、悪いけど、その話一旦置いておこう」
「あっ、はい」
話が脱線しかけたところで遥さんが軌道修正を行う。
少し恥ずかしかったのかわざとらしく咳払いをしながら、近藤君は事の経緯を説明し始めた。
事の起こりは数か月前。
小倉健・澄子夫婦が働く工場に取引先から新しい担当が挨拶に訪れた。
それが金子智明だった。
小倉夫婦にとって最悪だったのは10年の月日が流れてもお互いがお互いであるということが認識できてしまったこと。それに輪をかけて最悪なのは10年経っても金子の品性は下劣なままであったことだった。
「小倉は、あんまり話さなかったけど、多分見えないところで相当嫌がらせ受けてたと思うよ」
自分にトラウマを植え付けた相手が10年越しに仕事場にちょくちょく現れる。
考えるだけでも恐ろしい。
「小倉も我慢してたらしいんだけど、金子の野郎調子に乗ったみたいで小倉が仕事中にも関わらずお友達引き攣れて工場に来たこともあったらしい。それが……」
高橋奈美と小倉夕夏。
今回自殺してしまった2人というわけか。
それはともかくとして。
「最低……」
隣に座る新城さんが顔をしかめている。
ポンコツ社会人もしくは社会人もどきであった僕でも金子たちの行動には思うところがある。
見下している相手とはいえ、20代半ばの人間が取るべき行動では決してない。山瀬医師との話で何となく分かっていたことだが、品性が下劣すぎる。
「小倉からその連絡を受けたときは頭真っ白になったよ。でも、急いで弁護士やら何やら取れる対策を準備してる間に……」
「金子智明たちが命を絶っていった」
「そういうことです。南波先輩」
近藤君の説明が終わり、しばらく僕らの席に静寂が訪れる。
何だろう、何と言えばいいのか。
「……何かすっごく不気味な感じ……」
そう呟いたのは新城さんだった。
「自分で語っててなんだけど、俺もそう思えてきたよ……」
近藤君もお冷を一気に掻っ込む。
薄ら寒いものを感じる。
契機となっているのは金子たちと小倉夫妻との会合。
そこから間もなくしての金子智明たちの立て続けの自殺。
偶然だ、何もないと言い張る方が無理があるような流れだ。
誰の目にも明らかだ。
何かがある。
「どえらいことになってきたな……」
「そうね」
「どゆこと、一体?」
異口同音に疑問符を浮かべる。
何が何だかさっぱり分からない。
「そもそも自殺なのかもあやしくなってきたし……」
新城さんが不穏なことを口ずさむ。
「近藤さんの話聞いてると訳が分からなくなってきた。その3人ってどう考えても自殺なんてするような人たちじゃないですよね?」
「……ない。改めて考えてみると、あいつらに限っては絶対ない」
僕もないと思う。
人の心は分からないと山瀬医師は言っていたが、心の在り方が歪んでいるような人間は通常のそれとは違うのではないかと思えてならない。
パンっと手拍子の音がする。
鳴らしたのは遥さんだ。
「……考えても分からないことは今は置いときましょう。とりあえず、今一番考えなきゃいけないのは小倉夫妻の安全ね。近藤君」
「はい」
「浅倉将吾が危険なのは間違いない。でも、警察にお願いしてもまともに対応はしてもらえない可能性が高いと思うの。小倉夫婦が身を隠せそうな場所に心当たりはない?」
「……すみません。ホテルか、俺の家ぐらいしか」
「それじゃあ、ちょっと不安だね。すぐに突き止められちゃう可能性がある」
「それは……」
「税金対策で持ってるマンションがあるの。セキュリティ―もしっかりしてるから使うんだったらそこを使って」
「はい?」
マンション持ってるって初耳なんだけど。税金対策って……。どんだけ稼いでるの?
「えっ? いや、それは……ちょっと」
「ここまで来たら私たちも関係ないなんて言ってらんないよ。浅倉みたいな見境のない人間相手にするのならこれでも足りないくらいだよ」
有無を言わせない勢いで近藤君を押していく遥さん。
「いや、ちょっと待ってください。ちょっと、待ってくくださいよ。まずは、小倉たちにこのこと伝えて意思確認取らないと」
言われてみればそうだ。
思えば小倉夫妻はこの件に関してずっと蚊帳の外になってしまっている。当事者にまず話を通さないとどうにもならない。
「連絡取れる? できるなら直接会って話がしたいの」
「できると思います。家も知ってます」
そう言いながら近藤君はスマホを取り出すと電話をするために店の外に出る。
「私たちも出よう」
「先輩はどうします?」
女性陣は行く気満々だが、僕はどうするのか尋ねられる。
待ってほしい。これ、僕は帰っていいっていう選択肢あるの? ここに来てそんなの有りなの?
正直気乗りしない。
こんな案件、関わること自体嫌で仕方がない。
しかし、このまま1人家で待たされるなんて拷問、気が気じゃなくなくなる。
「……行きます」
少し悩んだが、選べる答えは1つしかなさそうだった。
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