第15話 浅倉将吾③

 居所を掴むのにさして時間はかからなかった。

 智明、奈美、夕夏たちのSNSを漁り、人海戦術で裏アカがないかどうかも調べた。他にもいくつか手はあったが、それだけでことは足りた。

 寂れた工場の写真が添付された1件の裏アカが見つかったのだ。

 文面に書かれた『おもちゃ発見、負け犬工場(笑)今度みんなで凸する』で智明たち3人のうちの誰かのものだと確信できた。

 敵を討ってくれ、あいつらからのそんなメッセージのような気がした。

 写真さえあれば場所の特定は簡単だった。

 見覚えのある男が見えた。

 その姿が目に入った瞬間、叫び出したくなる衝動にかられた。

 腹の底から沸々と怒りがこみあげて、それを抑えるために拳を握りしめる。

 寂れた工業団地の一角。

 見かける人間のほとんどが年配か若くても中年どころだ。

 だからか、若い人間は自然と目についてしまう。

 あの頃からまた伸びただろうか? タッパだけは俺よりもあったから気に食わなかったのを覚えている。

 名前は忘れた。興味もない。

 家で汚ねぇババアの世話してたからかくせぇ匂いがしてたような気がしたのが、遊んでやったきっかけだった。

 そのネタを掴んだのは……夕夏だった。

「夕夏……」

 最近どうにも涙もろくなってしまっている。あいつらのことを思い出すだけで涙腺がすぐに緩んでしまって困る。

 だからこそ余計に腹立たしくてならない。

 年配の男とヘラヘラ笑いあっている枯れ木のような男が視界に入る。

 なんでお前が生きてるんだ?

 智明、奈美、夕夏が死んでなんでガラクタがのうのうと息してるんだ?

「……ふざけんなよ」

 絶対に許さねぇ。


 壊し損ねたおもちゃ。

 役立たずがみっともなくわめき散らしたワードに引っかかるものはあったが、それが何なのかは分からなかった。

 おもちゃと言えば、中学時代に遊んでやったやつらのことなのだろうが、それが誰のことを言ってるのかまでは分からなかった。

 役立たずにいくら聞き出しても、それ以上の情報は持っていなかった。

 心苦しかったが正道に連絡を入れることにした。

 あまり荒事が絡んでくる案件に友達を巻き込みたくはなかったが仕方がない。俺一人では手詰まりだった。

 なるべくソフトな表現で事の次第を説明して、問題の核心を相談する。

 電話越しで正道はしばらく考え込んでいたが、何か閃いたように口を開いた。

『あれのことじゃないか? ほら、卒業式!』

 卒業式。

 そのワードを耳にした瞬間、忘れていた記憶が鮮明に蘇る。

 驚愕と屈辱の記憶だ。

 取るに足らない3人だった。

 いつも通り仲間うちでどの程度まで耐えられるのか記録に挑戦するために使ってやっていた。

 弟がキモイ生き物だっていうやつ。

 ぼけババアの世話してるやつ。

 親が不仲だっていうやつ。

 3人ともそこそこに耐えていたが、時期に学校に来なくなった。若干、遊び足りなかった部分もあったが、受験も近づいていたこともあってかすぐに顔も存在も記憶から消え去っていた。

 その記憶が無理やり呼び起こされることになったのが卒業式だ。

 俺たち6人の進路が別たれる節目の日、大事な式にあのゴミどもは現れた。

 壊したはずだった。壊れるほどに追い詰めたはずだったのにあいつらは現れた。

 それどころか俺たちに向かって一瞥を送ってきやがったんだ。

 絞め殺してやりたくなったが、さすがに式中に動くことはできなかった。

 ガラクタどもは卒業証書を受け取ると尻尾を巻いて逃げ出したので捕まえることはできなかった。

 やつらのあの勝ち誇った顔。

 屈辱だった。

 まるで白いハンカチにこびりついた一点の汚れのように。

 ゴミの分際で俺たちの人生において大事な別れと旅立ちの日に汚点を残していきやがった。

 壊し損ねたおもちゃとは、あいつらのことだと確信した。


 何なんだよ、これ。

 何で智明たちが死んで、あんなやつがのうのうと生きている?

 おかしいだろ、こんなの。

 あんなゴミの命より何倍も価値のある3人がこの世にいないことがどうしようもなく、理不尽で、不条理でならない。

 今すぐにでもあの顔面を原型がなくなるまでつぶしたくなってきた。

「……落ち着け」

 なけなしの理性を総動員し、その衝動を抑える。

 通りがかった車の運転手が一瞬こちらに視線を向けたような気がした。

 パーカーを目深に被る。

 目立つのを避けるため1人で来たがこういう場所ではよそ者はやはり目につきやすいようだ。

 落ち着け。

 落ち着いて夜を待とう。

 とりあえず人と車を呼んで待機だ。

 はやる気持ちを抑え自分にそう言い聞かせる。

 仮にあの枯れ木が何も知らないとしても、あいつを許す気は毛頭ない。

 卒業式に出た程度で勝った気になり、あまつさえ、俺の親友たちではなくあんなやつが生きているなんて間違っている。

 万死に値する罪だ。

 必ず償わせる。

 そう決意を固めた。


 準備を整えるために、来た道を戻るために振り返った直後だった。

 ……あまりにも他に意識を持っていかれたせいだろうか。

 自分の真後ろにいつの間にか人が立っていた。

 まるで気づかず動揺してしまう。

 そんな俺を気にする様子もなくそいつは口を開く。


「何してるんですか?」


 そこからは。


 わけが分からなくなった。

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