第10話 浅倉将吾②

 スマホを壁に投げつける。

 衝撃音が廃工場に響く。

 飛ばしのスマホだから惜しくも何ともないが、腹立たしさは収まらない。

 人1人を連れてくるだけの簡単なおつかいもできないのか、あいつら。

 連絡内容も意味不明だ。

 若い女が突然近づいてきて、いきなり腕掴んできたと思ったら骨が折れた?

 胸倉つかまれたら片手で持ち上げられた?

 あげくの果てには車の横腹蹴られたら、車が横倒しになりかけただぁ?

 クスリやってるにしてももう少しマシな言い訳考えろ。

「とりあえず、罰金は確定として」

 タバコをくわえて火をつける。

 ニコチンが苛立ちを幾分か和らげてくれた。

 制裁を恐れて逃げる可能性はあるが、あいつらの免許証や、実家の住所、家族構成は把握済みだ。

 警察に逃げ込む可能性は低いだろう。

「いや、それよりもだ」

 役立たずの処分は、後で考えよう。

 まずはこっちが優先だ。

「なあ、おい」

 パイプ椅子に座る男に声をかける。

 男は肩を震わせた。

「なんでビビってるの? 傷つくわぁ」

 男の背後に回り、椅子を軽く小突く。身体全体を震わし面白いように反応してくれた。

 それにしてもビビりすぎだ。

 多少、強引だったかもしれないが、至極丁寧に連れてきた。傷一つつけちゃあいないのにこの胆力のなさ。

 夕夏には悪いが男を見る目がなさすぎる。

「マジで、お前さあ、ホントに夕夏の彼氏なの?」

 男は何も答えない。震えているだけだ。

 その口は飾りか?

 正面に回り込むと、視線の高さを男に合わせる。

「マジで夕夏が死ぬまで、お前、何してたの?」

 環境と人選が整った恐怖は、人を簡単に支配させる。

 それが俺の持論だ。

 それを実践できる才能が俺にはある。

 大柄で頑強な肉体に、威圧的な顔面、そして人を壊すことに躊躇のない胆力。強者として生まれたことの幸運を噛みしめる。

「いや、あの……あの」

 腹にでも一発入れたくなるのをグッと我慢する。

 話せない状態になってしまったら本末転倒だ。

「もしも~し。ぼく、おはなししたいんですけど~。人間の言葉、しゃべれないんでちゅか~」

 しゃべり方を忘れてしまった可哀そうなお子ちゃまのレベルに合わせてやる。

 それでも男は黙って固まったままだ。

 舌打ちしながらポケットから新たなスマホを取り出す。

 男のスマホだ。

「おい、ロック開けろ」

 それを男に手渡す。

 スマホを持たせてもまだ硬直は解けなかったが、気つけがわりに椅子を蹴ってやったらようやく操作し始めた。

 壊れた家電か、こいつは。

 とちりながらも何とか開けたのだろう。震えながらスマホを差し出してきた。

 開かれたホーム画面には写真が貼られていた。

 この男と夕夏のツーショットだ。

 もう見ることができない明るい笑顔に思わず涙腺が緩む。

 しかし、泣くのは今ではない。

 アルバム機能をタップして納められた写真を漁る。

 夕夏とのものが多かったのは、一応の及第点を与えてやれるが殊更に男の無能さに対する怒りが湧いてくる。

 これで他の女との写真でも出てこようものなら、命の保証はできそうになかった。

 スクロールを続けていくと使えそうな写真が見つかった。

「これ、お前の家族?」

 男に見せたのは1枚の家族写真だった。

「これ妹? 高校生? 大学生?」

 男の目が見開かれる。

「バイトとか、興味ないかな~」

「や、やめて」

 何を想像したんだか、目の色変えて男が縋りつこうとする。

 肩を掴んで椅子に押さえつける。

「夕夏が死んだ理由、お前か?」

「ち、違う」

 顔中汗まみれになりながら男が否定する。

「じゃあ、何で夕夏が死んでんだよ!?」

 男の髪を掴み、手元に寄せる。

「わ、分からない、知らない」

「何で分かんねえの? 彼氏だろ、お前? 夕夏があんなことになるまで何やってたんだよ?」

「し、仕事、い、忙しくてしばらく、会えなくて、そこは申し……」

 聞くに堪えない言い分を腹を殴って黙らせる。

 汚い嗚咽を漏らし、男が椅子から転げ落ちる。

「ゴミが」

 横たわった腹に蹴りを入れる。

 生きてる価値のないゴミの感触ってなんでこんなに気持ち悪いのかね。

 さっさと起き上がるべきなのに愚図はいまだに腹を抱えて悶えている。

 そのあまりの情けなさに夕夏が気の毒に思えてならない。

「手間かけさせんなよ」

 仕方がないのでしゃがみ込んで、クズの髪を掴み、こっちに向かせる。まだ火がついたままのタバコを眼球の手前で止める。

「知ってること、心当たりあること、とりあえず全部話せ」

 こんなクズ相手にもすっかり丸くなっちまったもんだ。

 昔だったら感情のままにぶちのめしていたが、カッとなっても喋れる状態で留めれるようにしたあたり随分と理性的になっちまった。

 まあ、この先のことを考えたらこのまま動けなくなっちまっても困るしな。

 このクズの人生は、これから先ずっと俺たちのものだ。

 みすみす夕夏を死なせたこの役立たずには一生を賭けて、俺と、正道、彩に償ってもらう。

「言えよ」

 タバコをほんの少しだけ、眼球に近づける。

 クズっていうやつは、なんで一から十まで世話をしてやらないと何もしないのかね。

 前言撤回だ。壊れた家電でもこいつよりは反応がいい。

 そこまでしてやってクズは、ようやく口を開いた。

 夕夏との記憶を必死で引っ張り出しているのか、仕事の愚痴だったり、人間関係だったり、プライベートであったりと、ほとんどは取るに足らない情報ばかりだった。

 使えない情報を吐き散らすごとにタバコを眼球に近づける。

 汗と涙、鼻水でクズの顔の原型が分からなくなり始めたときだった。

「む、昔から! 昔からの友達が、こ、壊し、壊し損ねた、お、おもちゃを、おもちゃを見つけたって連絡があった、てい、言ってました。そう言ってました」

 昔からの友達?

 智明たちのことか? それに。

「壊し損ねたおもちゃ?」

 そのワードがやけに引っかかった。

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