第七話 愚か者

「あああぁぁぁ……」


 ベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めて、俺は声を出す。

 俺は弄ばれた。完全に弄ばれたんだ。デートに誘っといて彼氏がいました、なんて許されざる所業だろう。最初から遊びなら、なんであんなにしつこかったんだ。


「はぁ……」


 体を反転させ仰向けになると、顔に腕を乗せて溜め息を吐く。それから上体を起こして、机の上に置かれた萎れた花束を見やり、もう一度俺は溜め息を溢した。

 なんでなんだ直葉。なんでデートに誘ったんだ。

 愚痴、と言うよりは疑問。それを心の中で叫び、虚空にただただ問いかける。

 お前はデートだと思ってなかったってことなのか? それなら何故あんなに……。

 そこでふと思い出す。


『三ヶ月くらい前から』


 記憶の最後に残っている言葉。それが本当なのであれば、俺を説得しに来る前から恋人がいたことになる。なら何故デートに誘ったのか……。いや、本当にデートだったのか? デートだとしたら浮気になってしまうだろう。直葉の性格だ。断りくらい入れているはず。なら何故?


『兄妹みたいなものでしょ?』


 散歩の途中で謝意を伝えた俺に返ってきた言葉の中にあった一文だ。

 あの時は気にしてなかったけど、今思えば恋愛対象として見ていないと言っていたとも取れる。恋人がいるなら恋愛対象は消えて然るべき心理だ。

 まさか最初から俺の勘違いだったのか? いや、まさか……、まさか、そんなはずは……、そんなはずは……。

 信じれなくて、信じたくなくて、俺はただただ否定し続けた。何かが変わるわけでもないのに、ただただ否定し続けた。

 それからどれくらい経ったか。街灯に明かりが灯り、日光とは違う種類の光がカーテンの隙間から差し込む部屋で、俺は顔を真っ赤に染めて枕に再び顔を埋めた。


「んんんんっ、ふあああああああ!!!」


 死にたいほどに恥ずかしくて、声にならない叫びを上げる。

 足をバタバタさせ、枕に何度も頭をぶつけて、俺は必死に抵抗した。何に、と言われても、恥とか、怒りとか、悲しみとか、色々な感情があって簡単には言い表せないけれど、まとめてしまえば自分と言うことになるのだろうか。

 やっと気付いた、気付いてしまった。最初から恋人になるなんてことは起きえなかったのだ。だと言うのに髪型をキメたり、服をキメたり、あまつさえ心の中であんなことやこんなことを想像していた。恥ずかしいにもほどがある。

 俺は、母親に叱られるまで叫び続けた。

 それからしばらくが経った頃、再びニートになった俺は、母親によって田舎に送られることになる。

 うじうじと部屋にこもってゲームして、アニメ観て、いつまで経っても出てこない俺を叱咤して、母親は祖父の畑仕事を手伝って来いと引っ越させた。

 その時、母親の口から誰にも言っていない失恋の話が出たのには驚いた。曰く直葉から聞いたんだとか。バレていたと知っ時の恥ずかしさたるや。

 家にいるだけでも耐えられなくなって、逃げるように引っ越した。


「岳、高島さんとこにおすそ分け持ってってもらえんか」


「わかった。いいよ」


 田舎に来てどれくらいが経ったか、田植えを控えた三月。桜がちらほらと咲き始め、春が訪れようとしていた時期、俺は人生にも春の訪れを感じていた。

 じいちゃんに頼まれて向かった高島さんの家で、俺はとある少女と出会った。


「おばあちゃん! 宮部さんがお野菜どうぞーってー! すみません、少し待ってもらえますか? 座布団引いておくんで、どうぞ座ってください」


「あざます」


 待つ俺にお茶を用意してくれた彼女は、隣に座ると自分用にと一緒に用意してきたお茶を一口飲んで、フッと一息つくと訊ねてきた。


「……そう言えば、岳さんって東京から来たんですっけ」


「そうっすね」


「羨ましいなぁ。私もいつか――」


 田舎で出会った東京に憧れる少女。快活な笑顔が素敵な彼女に俺は、愚かなことに性懲りもなくまた恋をしてしまう。

 健康的に日焼けした褐色の肌が、

 ちらりと見える日焼けし損なった白い肌が、

 笑うと顔を覗かせる牙のように尖った犬歯が、

 カラスの羽根ように黒く美しくキメ細やかな短い髪が、

 細く、しかし程よく筋肉の付いたスポーティな手足が俺を誘惑してきたんだ。

 東京のことを質問されて、

 俺のいた街のことを質問されて、

 俺自身のことをあれこれと質問されて、

 会話が楽しくなった俺はまた、勘違いしてしまったんだ。

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引きこもりニートの勘違い 青沼春郁 @109_inv

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