第六話 アニメで観たヤツ
どうしたものかと悩む俺は、ベッドに横たわり目を瞑っていた。
何に悩んでいるのか。簡単に言えば告白である。
先日のデートで自分の恋心に気付いた俺は、俺のことを好いているであろう直葉にどう告白したものかと思案しているところだ。
両想いなのだから形式にこだわる必要はないのだが、こういったものはやはり雰囲気が大事だ。そのまま結婚まで言った場合夫婦の思い出になるわけなのだから、こだわって正解だろう。スマホでペッと告って付き合い始めました~じゃ、ロマンスに欠ける。直葉もそんな思い出じゃあ嫌だろう。少なくとも俺は嫌だ。
だからこそ頭を悩ませているわけなのだが、正直何も思い浮かばない。
正確には一通り案は出た。だがどれも派手なもので、予算が足りなければ条件を満たしていなかったり、ありきたりだったり、そんな感じで全て却下になった。フラッシュモブとかね。そう言うのはプロポーズの時に取っておきたい。
さて、そんなこんなで行き詰ったわけだが、マジでどうしたものか。
「んぐあぁー!」
奇声を上げた俺は背伸びをして、ポキポキと関節を鳴らしながらもう一度考える。
アニメだとどんなんだったっけ? 学校の屋上とかで告ってた気がする。でも俺退学してるし、そもそも学校違うし……。あとは何だ? 何があった?
思い出そうとしても俺の小さな脳みそではスペックが足らず、記憶が蘇らない。ならばとパソコンを付け、俺はアニメを観始めた。
それから四時間半後、デジタル時計が十八の文字を刻む時刻。すっかり告白のことを忘れた俺は夕食に向かい、それからゆっくりお風呂に浸かると歯を磨き、スヤりと布団に潜って寝る準備を終わらせていた。
「ちっがぁあう!!」
なんで一話から最後まで全部観てんねん! 告白部分だけでええじゃろがい!! 面白かったねぇ言うてる場合じゃあらへんがな! 告白どうすんねんドアホォ!!
バンと起き上がると、俺の心の中の似非関西人がブチギレた。
やべぇ何もしてねぇ。そう焦る俺。ホントにどうしようと慌てる中、一度深呼吸すると、パッと案が思い浮かんだ。
「花束……」
これなら喜ぶ。そう確信した俺は、にやりと笑って再び布団に潜った。
翌々日の明後日、世間では土曜日と呼ぶ曜日に、俺は直葉を散歩に誘った。
母さんから貰ったお小遣いで買った小さな花束。それを胸ポケットに隠して、直葉の自宅に未来の彼女を迎えに行く。
楽しみだな、これから来る俺たちの幸せなLIFEを考えると。ワクワクと言うか、ドキドキと言うか、この高揚感の名前はなんていうんだろうか。足取りが軽い。
「どうしたの? いきなり散歩なんて。好きだからいいけどさ」
二人で歩き始めて少しして、どんな話をしようか考えていると、直葉がそう訊いてきた。そりゃ気になるか、散歩なんて誘ったことないし。そもそもしたことないし。
まぁ理由は告白するため、と言えばそうだが、それは言えない。それに、告白するだけなら公園にでも呼び出してサッと済ませればいい話……なんて言うとあれだけ迷った俺がバカみたいだが、変にこだわらなければそれでいいだろう。
事実、一般的な高校生は放課後に学校の屋上でとか、同じように校舎裏でとか、帰路の途中に神社でとか、割と簡単に告白してる。
俺はロマンチストなんだ。そこはこだりたい。
んで話は脱線したけど、散歩してからにした理由としては、少し話したかったからだ。と言うより、謝意を伝えたかったからだ。
俺をデートに誘ってくれて、俺を説得してくれて、俺を家から連れ出してくれて。本当に感謝しているんだ。
と言うのも、あれから俺はバイト探しを始めたんだ。あれが無ければそんなことしてなかっただろう。まぁデート代を稼ぐためって言う不純な理由でだけど。それでも一歩前進できたのは、直葉がいたからだ。
その気持ちを、俺は直葉へまっすぐに伝えた。
「——だから、ありがとう。直葉」
「いいよ、そんなこと。だって幼馴染だよ? 姉弟みたいなものでしょ?」
「兄妹……か……」
ちょっと複雑な気分だ。これから恋人になろうとしてるってのに。
まぁでも、世の中にはそこから夫婦になってる人だっているんだ。俺たちはダメ、なんてこたぁないだろう。
気を強く持て。告白するんだろう。
自らを鼓舞し、ネガティブになる心に鞭打って、うつむきかけた顔を上げる。
「で、さぁ……」
「ん?」
やばい。汗が。緊張が。
「あ、その……、公園ッ! 寄らない?」
「……い、良い……よ? 大丈夫?」
また声が裏返ってしまった。おまけに音量調整もミスってるし。
周りの人に何事かと見られてしまった。直葉も驚いてる。
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。
とにかく落ち着こう。公園ならベンチもあるだろうし、座って話してれば落ち着くはずだ。深呼吸もした方がいいか? いや、なんか飲むか。自販機あるっぽいし、一回直葉から距離をとって気持ちをリセットだ。
直葉をベンチに座らせた俺は、飲み物を買って謝りながら彼女のもとへ戻った。
「ごめん、さっきは大声出して」
「びっくりしたよぉ。どうしたの?」
「いやぁ~……」
なんて言い訳すりゃいいんだ? 痰が絡んだ? ……はなんか違うな。咽たってのも辻褄が合わないし……。いっその事、白こくか。先に考えとくんだった。
「なんか声裏返っちゃってさ。それにつられたんかな?」
「ふーん」
ここからどう告白まで行くんだっけ。さっきので全部忘れちゃった。
「……」
「……」
どうしようと焦る俺。
あーだこーだと考えていると、俺たちの間には沈黙が流れ始めた。
聞こえるのは子供たちの楽しそうな声や、それに付随する環境音だけ。時折、車のエンジン音や自転車のブレーキ音が聞こえてくるが、それらは全て等しくこの空気を裂くほどの力を持っていなかった。
取り合えず何か話題を振るしかない。質問でも良い、世間話でも良い。先に進めるならもう、なんでも良い。
「そ、そう言えば、学校はどう? ホラ、俺たち進学先違ったじゃん?」
「ん~? そうねぇ……。可もなく不可もなく……ってとこかしら。進学校だから勉強が大変なんだけど、友達と遊びに行ったりは出来てるかな」
「そ、そうなんだ……」
やべぇ、途切れた。話が途切れちまった。次の話題を何か……。
再び沈黙が訪れそうになり慌てる俺の横で、そよ風に髪を撫でられる直葉が何かを思い出したように声を出した。
「あ、そうだ」
「な、何?」
「いやさ、学校のことで……と言うと少し違うけど、報告しときたい事があってさ」
「どう……したん……?」
顔を俯け下唇を軽く噛む直葉は、フッと息を吐くとこちらに向き直った。
なんだ、なんだ。そんな改まって。なんの報告だよ。怖いなぁ。
俺の目を見据えて、恥ずかしそうに頬を赤く染める姿はどこかで見た気がする。
「私ね、実は――」
どこだったか……。確かアニメだった気がする。題名は忘れたけど、ラブコメだ。
ヒロインが主人公と付き合うことになって、幼馴染に報告するんだ。でも、その幼馴染は確か……ヒロインのことが……。
「——彼氏が、できたの」
瞬間、何かが崩れる音がした。
物理的にじゃない。なんて言えばいいんだろう。
「三ヶ月くらい前から――」
惚気る直葉は頬を染め、照れているのか時々髪の毛をいじっている。サラサラと滑らかに動く毛髪はまるで指に弄ばれているかのようで、今の俺をよく表している。
言い得て妙と言う言葉の使い方がこれであっているのかは分からないが、本当にその通りだ。
デートに誘ったのは何だったのか、
あれだけ着飾っていたのは何だったのか、
頬のクリームを掬って口に運んだのは何だったのか、
あの楽しかった一日は、一体何だったのか。
……もうよくわかんないや。
「良、かったね……」
絞り出たのはその一言だけだった。そりゃ告白前に相手から恋人が出来たなんて聞かされたら、乾燥室に入ってたんかってくらい何も出なくなる。
笑い声も枯れちまうよ。
そこから先はよく覚えていない。
直葉の語る彼氏の良い所を、俺はただただ聞いてるだけ。聞きたくないけど聞いてた。なんでかわかんないけど、聞いてた。
いや、聞いちゃいないな。直葉の言葉が右耳から入ってそのまま左耳まで通り抜けて、脳に刻まれた文字なんて雀の涙ほどもない。
不完全燃焼だよ。溜め息ついて、一酸化炭素吐き出して、それでも直葉に気付かれまいと取り繕って、俺は散歩を終わらせ帰宅した。
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