第五話 喧噪の中で咲く笑顔
会計を済ませ、直葉と合流して、俺たちは電化製品を見てみることにした。
気持ちを切り替えて行こう。今度は自制できるように気を付けよう。気を付けてどうにかなるもんなのかはわからないが、しないよかマシ、ってヤツだ。
「すげぇな。最近の洗濯機は」
「そうねぇ。洗剤とか柔軟剤とか自動で分量調整してくれるんだね」
「手間が省けて便利だね」
「ね~」
……なんか、夫婦とか同棲前のカップルみたいだな。休日に買い物に来て家電を見るなんて、そういう関係じゃないとまぁ無いだろう。親子ならあるかもしれないけど、血の繋がってない、ましてや男女でなんて、幼馴染だとしてもそれだけの関係値じゃ珍しいはずだ。あるとすればシェアハウスで~、ってぐらいか。
夫婦生活かぁ……。良いなぁ。……良い。ふふふ。
「家電見に来たのなんていつぶりだろう? 前にお母さんに連れられて見に来た覚えはあるけど、大分昔の話だしなぁ……。小学校のころだっけな?」
店を出て、次の目的地を鯛焼き屋さんに決めると、直葉が呟いた。
俺と同じことでも思っているのだろうか。まるで夫婦、まるで恋人だなんて。
照れるなぁ。
「……俺も親父が掃除機ぶっ壊してとばっちり受けた時以来だな」
「え、なにそれ」
「ん? あぁ、前に親父が母親に頼まれて階段掃除してた時、二階から掃除機落として壊しちまったんよ。んでめっちゃ怒られて、何故か俺も行けって連れてかれた」
「ふふふっ、おじさんも相変わらずおっちょこちょいなんだね」
「傍迷惑なだけだよ、まったく……」
コロコロと笑う直葉はミツバチのようで、話の花が咲いていく。
笑い話を笑ってくれる。それだけで好感度が上がってしまうのは、チョロすぎるだろうか。俺は話下手なところがあるから、それだけで気分がよくなるんだ。
コミュニケーションは受け取る側にも才が求められる、なんてどっかのインフルエンサーが言ってたけど、本当っぽいな。話が弾むわ弾むわ。そのまま談笑を続けてたら、いつの間にか件の鯛焼き屋さんの前に着いていた。
このまま話を続けられるように頑張ろう。
「やっぱりここァ人気だね」
「ね。人がいっぱいだ」
鯛焼きのタイちゃん。五年位前にこのショッピングモールに入った有名店だ。粒あん、こしあんはもちろんのこと、カスタードや白あん、ずんだにチョコに抹茶、チーズなんかもある。種類が豊富で期間限定のモノなんかも偶に出る、この地域や近隣の街なんかじゃ知らない人の方が珍しい。
俺はここのカスタードと白あんが好きで、中学の頃はお小遣いの半分近くをここに貢いでいた。それくらい好きだったのだが、ニートになってからは金はないし家を出たくないしで来れていなかった。連れ出してくれた直葉に感謝だな。
軽く数えて三十人くらいか。列に並んで順番を待ち、そうして俺たちは鯛焼きを手に入れた。
その間ももちろん会話は続けてたよ。質問ばっかにならないようにするのには苦労したけど。これくらいのレベルならつまらないとは思われないだろう。きっと。多分。もしかしたら。ん~自信ないなぁ。さっき失敗したし。
「ほんじゃまぁ、いただきます」
「いただきまーす」
パリッと一瞬、それからふわり。モチッと口腔内がカスタードに包まれると、その甘さが味蕾を伝って幸せを生み出す。
咀嚼を繰り返し、触感を楽しんだ後、一拍遅れて味覚がそれを認知するこの瞬間。食事とは栄養補給だけが目的ではない。そう改めて思わせるこの鯛焼きは、何かの賞を取ってもおかしくないと太鼓判を押せる。
「ん-っ、美味しーっ!」
鯛焼きに舌鼓を打っていると、横でもきゅもきゅと食していた直葉が裏返った声で感動していた。
「んはっ、んふあははっ、何その声っ」
唐突な声の変化に、俺は思わず笑ってしまう。
許してくれ直葉。不可抗力と言うやつだ。面白かったんだから仕方ないだろ。
言い表すなら何だろうか。オペラ……、いや違うな。そこまで高くはない。
「ふふふっ、あはははっ、笑わないでよぉ~」
「はーっ、面白れぇー。久しぶりだよ、こんなに笑ったの」
照れ笑いだろうか。少し頬を赤くしながら直葉も笑い始めた。
小さなことで笑える。引きこもっていたらそれもなくなっていたかもしれない。そう思うと、直葉には感謝しなければならない。
一緒に感動して、一緒に泣いて、一緒に笑う。同じ感情を共有する。ただそれだけで、なんだか心地良くなってくる。この時間が続いてほしい。そう思えるくらいには、俺は直葉のことを好きになってしまった。
我ながらチョロいな、一回のデートで堕とされるとは。
こうなると、もしかしたら前から好意を抱いていたのかもしれない。気づいてなかっただけで、本当は好きだった。そう思えば、自分の行動に辻褄が合う部分がある。
時たま、自分が何でそんな行動に出たのか疑問に思う時が多々あった。特に直葉が絡むとそうだ。多分、そういうことなんだろう。
現に直葉の切れ長な垂れ目が、笑って前かがみになるとサラサラと簾のように下がる栗色の長い髪が、笑いを隠そうとしなやかな手をかざす口元が、絹織物のような美しい肌が、彼女の全てが愛おしく感じる。
「鯛焼きの紙頂戴、捨ててくるよ」
「ん、ありがとっ」
それから俺たちはショッピングモールを見て回り、夕方になると帰路に就いた。
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