第四話 後悔先に立たず

「なにか見たいのある?」


 映画館から出て、ベンチで映画の感想を言い合っていた俺たち。しばらくの談笑が続いて一呼吸すると、直葉が行きたい場所を問うてきた。

 もう少し話していたい気もないではないが、ずっと話をしているのも飽きてしまうだろう。何か買いたい物はあっただろうかと脳内を物色してみると、そう言えばと思い出した。


「あー、グランデカメラに行きたい。スマホの充電器とか色々壊れかけなんだよね」


「おっけー、じゃあそこ行こっか。その後はー……」


「またあとで考えればいいんじゃない?」


「それもそっか。何か見たいのが浮かぶかもしれないしね」


「うん」


 そうして歩き出した俺たちは、大手家電量販店グランデカメラに着く。

 洗濯機やカメラ、パソコンにヘッドフォン。昭和後期に設立したこの会社は、家電だけでなく電化製品ならほぼすべてを扱っていて、一般人だけでなく、ゲーマー、オタクの需要も満たしている優良な会社なのだ。

 それ故人気も高く、休日ならなおのこと人が多い。

 ただまぁ、ごった返すと言うほどでもないがな。


「うーん」


「何で悩んでるの?」


 違う会社の商品を見比べ悩んでいると、隣で見ていた直葉が訊いてきた。

 何で、と言われても、答えはまぁ曖昧だが本筋は決まっている。


「コスパー……かな?」


「ふーん。それとこれ、何が違うの?」


「んーっとねぇ……」


 俺も詳しいわけじゃないから説明のしようがないのだが、どう答えたものか。

 今俺が見ているのはLANケーブルだ。パソコンにネットを繋げる時に使ったりするヤツ。この間パソコンの掃除をしようと思って色々動かしたときに接続部分のツメを壊してしまったんで、現状無線でネットを使ってるんだ。うちの回線は脆弱だから、有線じゃないと回線速度が遅くてかなわん。


「こっちは安いんだけど、前買った時にツメがすぐ壊れちゃったんだよね。んでこっちを選ぼうかなって思ったんだけど、丁度いい長さのヤツが無くてどうしても高くなるんだ」


「へー……。あ、じゃあこれって何が違うの?」


 またまた直葉が疑問を投げてきた。

 今度は何に興味を持ったのか。どうやら形状の違うモノが気になるようだ。


「これはー……、確か配線場所の違いとかだったはず。この太いヤツがスタンダードタイプで、他にもスリムとかフラットとかある。形によっては——」


 別に嫌ではないが、なんか講義をしてるみたいで少しこそばゆい。

 直葉もこういうのに興味があるんだろうか。意外だな。


「——んでまぁ、俺の場合は障害が少ないからスタンダードを選んだってわけ」


「ふーん」


 共通の話題があると嬉しいな。喋りやすいし、話していて楽しい。


「んでこれは――」


 それからしばらく電気系の話を続けて、俺は気付く。

 待てよ? 本当に興味があるのか?

 よくよく考えると、話しているのは俺だけな気がしてくる。一方的に知識をひけらかして、それを直葉は聞き続ける。相槌を打ってはたまに質問して、それだけ聞けば興味があるように感じるけど、さっきから視線がうろちょろしてる。

 多分これは、飽きてるんだ。直葉は名前の通り素直だから、気持ちが表情とか言動に出やすいんだよな。視線もそうだけど、指で遊び始めてる。

 しまった。やってしまった。完全に詰まんない奴の典型例じゃないか。

 動画で見たぞ。コミュニケーションの取り方。予習してきたのに。


「……ご、ごめん。つまんないよね、こんな話」


「大丈夫大丈夫! 岳が楽しければいいからさ」


 気を使わせてしまった。

 失敗だ。嫌われた。どうしよう。

 取り敢えず、早く買う商品決めてレジに行こう。


「……よしっ、決めた。これにする。……遅くなってごめんね」


「いいよぉ~。私も勉強になったもん。まだ早いけど、実家から出る時に役立つと思うし、その時にまた教えてもらうねっ」


 何やってんだ、俺は。馬鹿じゃないのか。デートは互いに楽しめなきゃ意味がないだろうが。何やってんだよ、もう!

 後悔先に立たず。自責の念が沸々と湧いてきて、それが今、煮えたぎっている。

 オタク仕草全開だよ、全く……。こんなんだから世間じゃオタクはどうのこうのって言われるんだ。

 ふぅと一息付いて、会計待ちの列に並んでいる間に頭を冷やす。

 しかしまぁ、直葉の最後の言葉は気になったな。実家を出る時、か。まさかもう俺との同棲を視野に……?

 この時俺はどんな顔をしていたんだろうか。列が進み順番が回ってきた俺の顔を見た店員さんが、一瞬ギョッと目を見開き驚いてた。

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