第二話 久しぶりの外の世界
日差しが強まる休日の昼前、朝から美容室に行ってバチバチに髪型をキメて来た俺は、最寄り駅の前で直葉を待っていた。
別に楽しみにしていたわけではないが、早めに来てしまったせいで時間が余っている。本来の予定では十一時半に待ち合わせなのだが、現在時刻は三十分も前の十一時ジャスト。何か食べようにも、映画の前に昼食をとる約束だ。食べられない。軽食程度ならとも思うが、俺の胃は小さいのだ。やめておいた方がいい。
そうなると、涼もうにも店には入れない。本屋とかならいいかもしれないが、多分何冊か買ってしまうだろう。自信をもって言える。
「はぁ……」
そんなこんなで駅前のベンチに座っているわけだが、時が経つにつれ緊張が増してくる。あくまで幼馴染とのお出かけと言う
そう考えれば、身綺麗にしないと失礼だ。さっきも言った通り、髪は切ってきたし、ワックスもつけてもらった。もちろん服もキメて来たわけだが、ブランドものではないし、似合っているのか不安になる。
そんな気持ちが漏れたのだろう。溜め息が出てしまった。
元々、陰キャだったわけではないのだ。たまたまいじめの標的にされてて、それに気付いたら学校に行きたくなくなった。ただそれだけ。それだけだけど、思っていた以上に心に傷を負っていたのは、事実だと思う。
デートに誘われなけりゃ、一生引きこもっていたかもしれない。
少ししんみりとしてしまったな。でも、ワクワクしてきた。
落ち着くためにも、暇を潰すためにも、スマホでラノベでも読んでるか。
「おまたせ」
「お、おう」
そんなこんなで予定時刻になると、直葉と合流した。
いやはや、改めて見ると可愛いな、直葉は。
レースってヤツだろう。紺色の、少し透けた生地のスカートが風に靡く姿が映える。服……トップスは真っ白なふんわりした雰囲気のものだ。女子って感じで、栗毛の髪によく似合っている。今日のために一張羅でも出してきたのだろうか。余計に自信がなくなってくるな。
「じゃ、行こっか」
「う、うん」
ダメだ、キョドってしまう。今まで気づかなかったけど、直葉はどちゃくそ美人だ。これまでは意識してこなかったから大丈夫だったけど、今は眩しく感じる。
直視出来なくて、直視していいのか分からなくて、視線が右往左往してしまう。
そんな俺の挙動を見たからだろう。直葉に心配されてしまった。
「……どうしたの? 緊張してる?」
「いや?」
思わず声が上ずった。否定はしたが事実だろう。でなければ、こんな声は出ない。
「あははっ、嘘つかなくてもいいよ。そうだよね、最寄り駅だから知ってる人いるかもしれないもんね」
「う、うん。ごめん」
流石に緊張していることはバレているらしいが、理由は違った。
そう言えばそれもあったな。直葉のことで忘れていた。あれだけ気にしていたのに忘れるとは。まぁ、あいつらが来る場所ではないと言うのも大きいのだろうが、少し驚きだ。冷静になって考えれば、なんであんな奴らに心を乱されなきゃいけないのかと疑問に思う。そう思うと怒りが込み上げてきたな。
しかし今はそんなことを考えている暇はない。直葉とのデートを楽しもう。
最寄りから数駅、目的の場所に到着した俺たちは、駅直結の大きなショッピングモールに入っていく。
「……んぅ」
それにしても、視線を感じるのは気のせいだろうか。すれ違う人全員から見られているような、それでいて嗤われているような気がする。
話し声が全て俺のことを話しているのではないかと、笑い声が全て俺のことを笑ているのではないかと感じてしまう。
不安で、怖くて、緊張して、動悸がする。直葉との会話に集中できない。
「——でね。……岳? 大丈夫?」
「だ、大丈夫。……大丈夫だよ、大丈夫! 聞いてる聞いてる! それより、なんか暑くない? 喉乾いてきちゃった」
情けない、情けない。また心配させてしまった。
夏だから暑いのは仕方ないが、冷房が効いているはずの屋内でもあまり変わらない。汗がべた付くな。折角セットしてもらったのに、ワックスが取れないか心配だ。
「わっ! 汗凄いっ! ホントに大丈夫?」
強がりも表に心の内が出てちゃあ意味はない。濡れた額を見て、直葉が驚いている。バッグをガサゴソと探って、それから取り出したのは汗拭きシート。それを俺は受け取って、その場しのぎで汗を拭った。
と言うか準備がいいな、直葉。これ、男モンだよな。今日気温高いし、用意してくれてたんかな。そんなに俺を思ってくれてるってことか……。応えてやらねば……!
「それじゃあ、カフェに寄る? 前にここ来た時に良いお店見つけたの。最近入ったばっかり見たいで、評判もいいみたいよ。フードコートより冷房が効いてると思うし、なんならお昼もそこで済ませちゃいましょ」
「……うん。じゃあ、そこ行こ」
壁際に寄り服をパタパタと仰ぐ俺に、直葉が提案してきた。
拒否する理由はないし、予定が狂うわけじゃない。賛成する以外に選択肢はない。直葉に着いて行こう。
「どう?」
「ん?」
カフェに着いて席に案内されると、開口一番に直葉がそんなことを聞いてきた。
どう? とはどういうことだろう。首を傾げていると、直葉が苦笑を浮かべた。
「お店の雰囲気のことっ」
「あー……、カフェ初めてだからわかんないけど、良いんじゃない? 俺は好きだよ、この雰囲気。緑が多くて落ち着く」
「でしょっ! 良いよねぇ、この——」
店の雰囲気か、直葉との会話か。もしかしたら単純な休憩かもしれない。理由は定かではないが、緊張は解れ、落ち着きを取り戻してきた。
体の熱も冷めたようで、汗が引いている。
心地良い。そう言える程に平静を取り戻せたのは、偏に直葉のおかげだ。美少女と意識していたはずが、いつの間にか前のように接せるようにもなっているし、俺と直葉は相性がいいのかもしれない。
そんな気持ちが表に出て、再び体が火照ったのはしょうがないと思う。どうにかにやけは止められたが、体温はどうしようもない。
「あ、岳ほっぺにクリーム付いてるよ」
運ばれてきたクリームソーダを飲んで、遅れて着いたサンドウィッチを食べようとしていると、俺の顔を覗いた直葉がそう指摘してきた。
紙ナプキンで拭おうと奮闘する俺は、中々取れないことにイラつき始め表情をムッとさせる。そんな俺が面白いのか、直葉はクスクスと笑い、
「違う違う、こーこっ」
何を思ったのか、頬のクリームを指で掬い、自らの口に運んだ。
「え、あ、ざます……」
細くしなやかな指が近付き、クリームを持ち去ると色香漂う艶めかしい唇の許へ。その一挙手一投足に、俺はこみ上げるものを感じた。
思わせぶり? そんなんじゃない。これは完全に誘っている。
そう答えを出すには十分な行動だ。飲み物で落ちた体温が、再び上昇している。多分俺の顔は赤いだろう。これまでで一番体が熱く感じるのだから。
深呼吸をして、平静を装い、それから会話をいくらか続け、昼食をとった俺たちは映画館へと向かった。
会話出来ていたのかは、正直自信がない。時々糸を引く唇が気になってしょうがなかったからな。
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