引きこもりニートの勘違い

青沼春郁

第一話 ニートと幼馴染

 高校を中退してどれくらい経っただろうか。睡眠、食事、アニメ鑑賞。生産性のない毎日を繰り返す俺の名前は宮部岳みやべがく。何事もなければ高校二年生の年齢だ。

 自分で言うのもなんだが、リアクションの良かった俺は小中といじられてきた。何を言われてもニコニコとしていた俺はいじりやすかったんだろう。周りが笑ってくれるのがうれしくて、率先していじられに行ってた。

 いつからだろうか。時が経つにつれ、いじりはいじめに変化していった。

 しかし鈍感な俺は気付かなかった。

 鬼ごっこをする時は、毎回俺が最初の鬼だったっけ。囮にもされてた気がする。今思うと、小学校のころからいじめではあったのかもしれない。

 まぁそんな俺だが、中三になると自分がいじめられていることに気付いた。虫を投げつけてきたり、ボール遊びで故意に俺を怪我させて痛がってるところを笑ったり、そんなことをされたら流石に馬鹿でも分かるだろう。

 それ以来毎日が苦に感じるようになったが、ちょうど受験期だったおかげであまり気にはならなかった。

 しかし高校に入学するとそれも変わった。中学の時俺をいじめていたヤツと同じ学校に行ってしまったのが運の尽きだったんだろう。それから不登校になるまでは早かった。高校一年の夏休みが終わるころには、立派な引きこもりが誕生だ。

 で、それから一年。最近、俺の部屋にはよく来客が来る。チャイムの音と、階段を上る音がするってことは、今日も来たようだ。


「岳? いい加減、外に出なよ」


「うるさい。めんどくさいからいい」


 ドアをノックして、扉越しに話しかけてきたのは幼馴染の三上直葉みかみすぐは。親同士が仲が良く、互いに一人っ子だと言うこともあり、小さいころからよく遊んでいた。そんな関係性だ。

 何故かは知らないが、ここ最近は週に三日くらいはこうして俺を外に出そうとしてくる。部屋に入ってこないだけまだマシだが、少し煩わしく感じる。

 まぁ心配してくれているのは誰でもわかるが、ただの幼馴染ってだけでそんなに気になるのだろうか。母親に何か言われたのか?


「そんなこと言わないでさ。……そうだ、あれ観に行かない? 前、岳が好きだって言ってた映画の続編! 今度、公開されるんでしょ?」


「いい。配信されたらネットで観れるし、そっちの方が安く済む」


 そんなに外に出てほしいのか? お人好しが過ぎる。


「そんなこと言わないでさ。映画館の方が迫力あるじゃない! それに、おばさんがお金出してくれるって。だからさ、一緒に行こ? ね?」


「……いやだ」


 やっぱり母親の入れ知恵か。奢りと言われると少し悩むが、それよりもあいつ等に会うのが嫌だ。高校が近いから俺をいじめてたやつらに会うかもしれないんだ。そんな危険を犯すくらいなら、行きたくない。


「はぁ……」


 こんなことで悩むんなら、もっとしっかり勉強しすればよかった。そう思うと、溜め息が出た。少し遠くなるかもしれないけど、あいつらが来れないような学校に入れていれば、今ごろ青春を謳歌できてたかもしれないんだ。


「えっと、うーん、じゃあ……じゃあさ! ちょっと遠いけど、ショッピングモールのところの映画館にしよっ! 知り合いに会いたくないんでしょ?」


 バレてるな。まぁ、だからどうしたって話だけど。


「それに、あそこなら映画観た後に色んなお店を見て回れるよ! なんなら、何か買ってあげるからさ」


「……」


「ほら、あれとかどう? タイちゃんの鯛焼き! 岳、あそこのヤツ好きだったよね? カスタードがいいんだっけ」


「……うん」


「あとは……」


「……なぁ、なんでそんなに外に出てほしいんだ?」


 疑うとかじゃない。単純に疑問なだけだ。

 何故そこまでする?

 何故そんなにも俺を外に出そうとする?

 それで何の得がある?

 幼馴染と言っても、所詮は他人だろう。理由が影に隠れていて、俺はつい心の音を言の葉に乗せていた。


「……」


 返答はない。やっぱり母親に言われての行動なのだろう。

 いや、どうだろう。単純に言葉に詰まっただけかもしれない。こんなこと聞かれるとは思ってなかったんだろうし。

 なんか俺が責めてるみたいだな。罪悪感と言うか何と言うか。俺も傷付けたいわけじゃないんだ。……謝るか。


「……ごめん。……責めるつもりはないんだ。ただ……」


「ううん。ごめんね。私がいけないの。しつこかったよね。……ごめんね」


 謝られてしまった。気まずい。何か言った方がいいか? でも何て言ったら……。


「じゃ、じゃあ私、そろそろ下に行くね。おばさんがお茶淹れてくれるの。しばらくいるから、何かあったら下に来てね」


「あ……。……うん」


 行ってしまった。

 とたとたと、寂し気な足音が階段を下りていく。

 言って後悔するのは、俺の悪い癖だ。

 思ったことをほぼそのまま言ってしまう。それで何度人を傷つけたか。いらぬ衝突も生んだし、これのせいでいじめられたのかもしれないな。

 溜め息が出ちまう。


「はぁ……」


 ゲームでもして、忘れるか。

 いつも通り、いつも通り。パソコンの電源をつけて、パスワードを入力して、推しの壁紙を拝んで。なんのゲームをしようか迷いながら、再び思う。

 直葉のあの熱量はどこから来るのだろうか。

 幼馴染だから? それだけであーなるのだろうか。ここ数年はあまり関わることもなかったし、心当たりはない。所詮は他人である。

 しかし、俺たちは普通の幼馴染よりも仲がいいとは思う。どちらかの親が忙しい時には互いの家にお世話になったりした。兄妹のように育ったと言っても過言ではない。それくらいには、小さい頃は一緒にいたと思う。

 だから心配になった? それだけで? 違うだろう。他に何かあるはずだ。

 じゃあなんだ? 俺と、直葉。幼馴染。ティーンエイジャー。兄妹のような関係。兄と妹。男と女。異性。……異性? 二人でお出かけ……。


「デー、ト……?」


 いやいやそれはないだろう。俺と直葉だぞ? そんな、恋人になりたいわけ……。いや、どうだ? 否定出来る要素は見当たらない。

 中肉中背で地味顔。外見だけで言えば不釣り合いかもしれないけど、男は見た目より中身だってどっかのインフルエンサーが言ってた。

 結婚するなら性格が合わなきゃ嫌だもんな。

 それに、そう言うことじゃなきゃあここまでしつこかないでしょう。

 つまりどういうことか。


「俺のことが好きって……こと……!?」


 その答えに辿り着いた時、俺の顔はどんな表情をしていただろうか。あまり覚えていないが、熱を感じたのは記憶にある。

 そう言うことなら早く言ってくれればいいのに。まったく、照れ屋だなぁ。


「……しょうがないなぁ!」


 髪も切っていない、髭も剃っていない。そんな状態で顔を合わせるのは、いくら幼馴染とは言えど流石に恥ずかしい。それに、そーゆーことならあまり醜態は晒したくない。だってそうだろう? キモイなんて思われたらデートどころじゃあない。

 我ながらちょろい男だ。好意を向けられただけで有頂天になって、調子に乗って。だが、男と言うのはそういうものだろう。据え膳食わねば、と言うやつだ。

 それから俺は直葉に電話をかけ、出かける予定を話し合った。

 その時の直葉のうれしそうな声は、天井を突き抜けて二階にまで聞こえてきた。

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