第十三話「大事の前は小事あり」

 西欧から最も辺境の閉ざされた環境下で時代を変えるほどの英雄が生まれにくい。

発祥がわからない日本神道と仏教の融合で群雄割拠する英雄たちは短命に消え行く。


 争いより調和を好み目立ちたくない国民性から良くも悪くも周辺国になめられた。

バブルは今年がピークで勢いを失うと同時に経済の停滞から格差社会が形成される。


 地方生まれの雇われ人生を歩んだ立場で誰かの失態にせよ責任の所在をしらない。

強いて挙げるなら国の中枢で政策を練る高級官僚が失脚を恐れた末期になるはずだ。


 出身と派閥の縦繋がりが継承されても横に拡張できず狭い範囲でまとまりすぎた。

マスコミを盲目的に信じる情弱の民族性は敗戦国として押しつけられた結果なんだ。


 同じ太平洋戦争の敗戦国……ドイツが統一から復興できて日本は這い上がれない。

とりあえず自分たちに変えられることからコツコツやるしかないし時間だけはある。



「大先生の塾講師やったルービック先生……単独アシさんフォローでマジ疲れたわ」


 とある真夏の明け方……久しぶりに現れたカジがやつれて眼下の凄いクマで語る。

ルービック先生は「うる祭っちゃ」デビュー「めぞん一択」が人気のマンガ家さん。


 リアル厨二病……十四歳で放映されたアニメから当然ルビちゃんファンになった。

もちろん木造アパート一択館の管理人として働く未亡人苦無杏子さんは憧れの人だ。


 この時期なら……アニメ化作品のガンマ√2を週刊連載してテンカウントの福音。


 人気マンガ家としてハズれがないヒット作を多発する……角舘ルービ先生じゃん。

中二時代……リアル美少女マンガ家としてマスコミの餌食にされた先生は三つ年上?


 管理人さんの艶っぽい体が妙にリアルな訳は先生ご自身をモデルに描いたせいだ。

天使マリアと宣誓を済ませていなければお近づきになろうと画策したかもしれない。



 カジに誘われ劇画村塾神戸校に申しこもうと短い小説を送った遠い過去は黒歴史。

良くも悪くも三十五年以上前に封印した支離滅裂な展開の詰め合わせでオチがない。


 あれはエプソンのワープロで執筆した……現時点どこにもないデータがない駄文。

高卒社会人で働きながら夜学の合間に睡眠を最低限まで減らして完成させた妄想だ。


「塾生の選考時に回されたっぽいよ。チーフアシさんヤミーの短編憶えてるってさ」

「………………カジ待ってよステイステイステイ」黒歴史を侵されてSUN値ゼロ。


 初めて記した原稿は九州一周ツーリング旅行記でも二作目以降は消したい記憶だ。


「それで中野と池袋の環境整備から世界を変えよう運動ってリンちゃん一派じゃん。

現役早稲田生のオタクっぽいし……アシさん補助。お手伝いして欲しいんだよねぇ」


 唐突な爆弾発言はカジで……清掃中襲われる事件が起きたタイミングと絡み合う。



 半グレの元になるチーマー連中を利用した暴力団が判明せず裏で公安の調査中だ。

外見に反比例する武闘派リンちゃんヒバリくんは良しとして不慣れなオタクばかり。


「池袋東口の絡みで裏にいたヤクザ……水面下の動きは鈍いし二分できるのがいい。

リンちゃんに報告させて清掃メンバーでも武闘派じゃないヤツだけそっちに回そう」


 同じ雇用条件で掃除とコスプレ勤務またはマンガ家宅を選ばせると適性が見える。

カジの手伝いでルービック先生の自宅(作業用)事務所に訪問が決まってご機嫌だ。


 オタク若者全員の憧れだったルビちゃんが初恋相手と断言していいかもしれない。

中野池袋の清掃メンバーほとんどルービック先生に会いたがり選考で荒れまくった。


 とりあえず訪問メンバー基準は最低限ベタ罫線の処理とトーン貼りが丁寧なこと。

それに加えて背景から小物までそれなりの技術で描けると否応なしにメンバー入り。



 メンバーから社長さんと呼ばれる俺の頭上を跳び回る見えないマリアも興奮する。

どうやら絶賛放映中のガンマ√2を毎週楽しみにするぐらいファンになったらしい。


 テレビ取材の影響からメンバー全体のまとめ役として代表扱いされるリンちゃん。

その補佐であり早稲田法学部として調整役のヒバリくんに派遣メンバー三人プラス。


 それぞれ年末お盆同人誌即売会に参加して完売できるほど高い技量は驚きだった。

中野駅から手荷物持参のタクシー二台に分乗で向かう現地はワンメーターちょいだ。


 目的地は「マンガの神様」手塚治虫大先生が聖地に変えたトキワ荘のご近所さん。

池袋に距離はあるが豊島区庭付き一軒家門前で呼び鈴を押すと美人とカジが現れた。



「角舘を始めにスタッフ一同お待ちしておりました。私はマネージャーの俵谷です。

こちらの鹿嶋さん……カジさんのご協力で二週先まで原稿を手放して余裕ですから」


 頭を軽く下げた挨拶は晴れやかな顔をした綺麗なお姉さんで夏向けの青いスーツ。

俵谷なんて苗字珍しい……あれだ。小池一矢師匠の本名が俵谷だから娘さんかもな。


「いえっとんでもございませんです。一応ボクが取締役支社長の代表者で速水来太。

忙しいところ伺わせて頂きましたお礼の代わりにユニークな手土産を用意しました」


「それはお気遣いありがとうございます。女性スタッフばかりなんで大喜びですよ」

 発言の直後……離れた玄関が外開きすると同時に隙間から先生らしい女の叫び声。


「無駄話やってないで早く入ってきなさいよっ。みんな待ちかねてんだからさぁ!」 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る