第六話「桧垣一家との対決で」

 うん。いきなり自分で訳がわからず何でこんなことになったと頭を抱える状況だ。


 もちろん将棋や囲碁での対決じゃないし場所は中野駅西口前ビルの雀荘エブリー。

「おぉ待ちかねたぜ。えらく想像より若いお兄ちゃんだが麻雀ぐらい打てるよな?」


「父が営業で幼少期から例年の正月は家族マージャンでした。大学でお遊び程度に」

 開口一番テンション高いお爺さんは……ご愛敬で迫力に負けた即応かもしれない。


 二十年以上前……そこそこ徹マンの記憶があるしそこそこの剛腕と自尊心は強い。


「役わかって配牌並べるだけで何とかなるさ。譜計算や駆け引きなんていらねぇよ」

 喫茶店マスターにそっくりで黒エプロンをベストに変えたお爺さんのお出迎えだ。



 不動産屋に連行されたフリー打ち雀荘……繫華街や大学周辺ならそれなりに多い。

2018年に発足したMリーグはプロ雀士が争うabemaTVで人気コンテンツ。


 元人気俳優の萩原聖人やアンジャッシュ児島。元乃木坂メンバーまでプロにいた。

女流プロで有名な来店イベントに呼ばれた二階堂姉とちょっぴり話した記憶がある。


 昭和っぽさとマンガっぽい展開は哭きの竜よりぎゅわんぶらあ自己中心派だよな。

「あンた背中が煤けてるぜ」別冊近代麻雀連載中でむこうぶちやアカギはまだ早い。


 フロア面積で二十坪ならそこそこ広さはあると考えていたがそうでもないのかな。

古く感じない築年の入口はガラスの自動スライドで木製ハンガーに傘立てが見える。


 ざっくり見回した店の左奥はカウンターテーブルで区分した縦長の調理スペース。

手前側に男女別トイレが設置されて高価な全自動マージャン卓を七台も並べていた。



「どうせならお兄ちゃん。どの卓でも気に入った場所を選んで定位置にしてくれや」


 これは経営陣なりにサービスらしくツキのあるなしが勝負の分かれ目に直結する。

俺以外の目に映らない勝利の女神さま……直弟子の天使が宙を舞いながら下調べだ。


 適度に距離を空けて配置した七台それぞれの方角と風水みたいな運要素を感じた。

運も実力のうちはZ世代の嫌がることわざでも『己でつかむ大切さ』が根底になる。


 環境面や親ガチャ……かつては選択肢のない生活を恨んだことがないこともない。

それでも長い人生を歩むことでつくづく努力不足による自業自得を実感させられた。


『チャンスの神さまは前髪しかない』あれってギリシャ神話のカイロスだったかな。

 彼の前髪は長くて後頭部が禿げ上がり……存在しないために後をつかめないんだ。


『人生で何度も訪れるはずがないチャンス』それを逃すことない事前準備は必須だ。



 人生三十五年プレイバック……やり直しの過程で同じ過ちを繰り返したくはない。

首都に新たな拠点を築いてこれから起きる事件や地震対策を練りながらコネづくり。


 いわゆる地元で準備を済ませ『より良き社会を構築する』一歩が未来の始まりだ。

気づけばちょいちょいと視界の右隅で七色に輝くマリアの頭部が上下に揺れている。


「そうっすね。右奥突き当りの壁面……あそこなら背後から見られないし理想的?」


「あれを選んだかい。わからんだろうがかなり人気ある卓で最新型の全自動なんだ。

四人打ちでワシがオーナーの桧垣一郎。メンツは店員大河と孫のスズメでいいか?」

 こそこそとした動きじゃないがカウンターで耳打ち会話する男女二人を指さした。


「もちろんマージャン自体久しぶりすぎて戸惑いしかないですけど速水来太ですわ。

アベノからこっちきたばっかしでバリバリの大阪人。関西弁やけどすんまへんなぁ」



「いやいや。ワシの古い仲間が……どんなお偉いさんを相手でもお国言葉の大阪人。

地声と態度のデカさだけは歴戦の強者みたいなバカばっかりで懐かしいぐらいだよ」

 ほぼ無表情で動かない顔に苦笑を浮かべたことはそう悪くない変化かもしれない。


 昭和四十二年生まれの二十一歳……一郎さんが六十代なら一桁世代か大正末期だ。

間違いなく祖父世代になるからいわゆる太平洋戦争に従軍した敗戦時の帰還兵かな。


 ちょこっと年長ぽい大河さんは昭和に珍しい180センチ超えのガタイに強面顔。 

同世代かちょっと下っぽいスズメさんは戸締りしないが……カップルかもしれない。


 どことなく血の繋がりを想像させるようなパーツの類似と近しい雰囲気は感じる。



 マリアが上空を漂う席に座ると対面が一郎さん。上家は大河で下家にスズメさん。

親決めの賽を振ると六三で九。もう一回振り直し九でそのまま自家が親に決定する。



「ほほぉほんの数分でいきなり勝負開始はおもしろい。ルール決めはいいのかね?」


 びっくりの無防備状態でいきなりカウンター奥から姿を見せるお爺さんに驚きだ。

大きな皿に載せられた湯気を立てる熱々のコーヒーカップ六つは出前かもしれない。


「ふぅん見た感じ同世代。こんな若いのに億単位のカネ使えるなんてヤバくねぇ?」


 ちょっと待て? お爺さんが喫茶店マスターなら背後に追随するこいつは誰だよ。

マスター同様のカフェスタイルで顔から上はスズメさんに瓜二つ……胸はまっ平ら。


 どことなく敵意を感じさせる唇を曲げた表情が小悪魔っぽい雰囲気を感じさせる。

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