第二章 改めて上京します

第五話「ステチェン中野行き」

「兄ちゃんさぁ微妙にわからん女の気配を感じるんやけど……今日なんかあった?」


 結局のところティアマトさまの御力を借り認識と記録を改ざんする辻褄合わせだ。

事故で入院しなくても今後を見据えた拠点変更……すぐに行動を始める必要はある。


 しかも荒唐無稽すぎる超展開で……事実を話せず家族であっても惚けるしかない。

口座に振りこまれた金銭に驚き固まる両親を放置して冒頭からカスミのヤンデレ発言だ。


 軽いブラコンで見た目が悪くない妹に幼少期からつかず離れない位置で懐かれた。

「忙しさで古いツレとも飲めない現状……どこで女と出会うんだよ。バカじゃね?」


 一瞬視線を合わせてから本質を突く妹の鋭いツッコミに返しのボケはキレがない。

幼なじみに似た鹿嶋と夜学でツレになった林葉は転居の連絡せんとなぁと韜晦する。


 誰にも見えない天使に見守られより良き社会を目指す首都引っ越しのおしらせだ。



 結局のところCADデータ作成を済ませ引継ぎ期間が終わると二月半ばになった。

給料精算の関係上で十五日付退職になり月末までの長すぎる有給消化が認められる。


 大阪工業大短期大学部二部の建築学科は取得単位数ギリギリで卒業認可が降りた。

これから首都へ引越して起業すると学生課に伝えれば将来的な就職先に懇願される。


 もちろん東京まで東海道新幹線……平成4年3月14日のぞみ誕生は未来の話だ。

パソコン通信のインターネットは使えてもウインドウズ95誕生で一般に浸透する。



 モバイル社会は遠い未来でグリーン車にコンセントプラグが設置されない時代だ。

新大阪駅構内で書店巡りしてビックリ……富士見ファンタジア文庫が平積みだった。


 1988年11月発売の竹河聖先生『風の大陸【第一部邂逅編】』が初版本だよ。

吉岡平先生『宇宙一の無責任男シリーズ(1)無責任艦長タイラー』は新刊じゃん。


 共に平成ラノベの傑作で消えた未来世界なら実家の本棚に全シリーズ眠っている。



 三つ揃いのスーツに黒い革靴で荷物は棚に上げたボストンバッグと肩下げカバン。

ちょっとしたお弁当とお茶は購入したからゆったり三時間あまりの読書を楽しめた。


 実体化できないマリアは窓辺を漂いながら高速で流れゆく景色を見つめて大騒ぎ。

バッグのほとんど着換えで発売された直後のPCは重厚感ある初代98NOTEだ。


 午後から上野を訪れ以前の勤務先に紹介された大手不動産の担当者と打ち合わせ。

億単位の現金支払い可能でも実績がない会社事務所に利用するため現地契約になる。


 取得した業務メールアドレスのやりとりは悪くない手ごたえだからモノにしたい。

いわゆる首都に知人がいない現状の住所不定無職は犯罪者の定番だからヤバいんだ。


 東京二十三区で最大乗降客数の繫華街新宿に近い中央総武線。中野駅北口前ビル。

駅まで一分少々のフロア面積二十坪で七階建てペンシルビルだから使い勝手はいい。



 売主オーナー家族が一階カフェと地下店舗を営業中でむしろ安全面から喜ぶべき。

とりあえず東京に到着してのんびり山手線で神田から秋葉原の御徒町で上野駅下車。


 山手線の停車駅を眺めてみると大阪と天王寺みたいな東京の対面側は新宿っぽい。

未来で雇われる設計コンサル研修場所の本社ビルが品川と三田の隣で泉岳寺だった。


 上野御徒町の商店街周辺は格安飲み屋街でパチンコ店が多いから未来でも訪れた。

目についた駅前ビル二階の不動産屋を訪問してそのまま担当者を呼んで打ち合わせ。


「いやぁホンマありがたい話ですわ。金銭あっても紹介者おらんで困ってましてん」

「もちろん大仕事で頑張りましたよ。それでもオーナーさん相応に気難しいお方で」


 なるほど……重すぎる試練とも思えないが最悪は天使マリアさんにお願いしよう。

『もちろんライタくんのお仕事に必要なら何とかしちゃうし……どうにでもなるよ』



 ほぼ山手線半周する現地まで営業車を手配してくれる件はお断りして電車でGO。

こちらは駅まで徒歩数分で向こうが雨でも濡れない距離なら電車が快適ラクでいい。


 中野で下りた北口前はサンプラザやブロードウェイ流れの客でごった返し状態だ。

どこか令和と違い交番が前にあり落ち着いた雰囲気の店舗が点在するような繫華街。


「ここが目的地の……中野駅前ビルです。一階部分は昔ながらの純喫茶でエブリー。

階段下にある『雀荘エブリー』です。直に訪問してくれとオーナーのお話でしたよ」


 言葉にせず低層から最上階まで目配りして確認できた周囲の調和は悪くなかった。

見慣れない自分たち二人が周辺をうろつく様子に喫茶店の扉が音もなく外開きする。



「あぁ不動産屋の担当かい……どえらい若く見えるお兄ちゃんが購入希望者さん?」

 ほとんど渋い銀髪に代わったお爺さんは白シャツと黒エプロンに細身のパンツだ。


「えぇ初めまして大阪から上京したばかりの速水来太です。よろしくお願いします」

 一応社会人的な意味合いで経験年数は負けないし腰折りで敬礼しながら挨拶する。


「年齢的にそぐわないえらく気合入った礼儀正しさ……単なる若造じゃなかったの」

「そうおっしゃっていただけると嬉しいです。いろいろ質問でお世話になりました」


「おぅよ。わしは文面から大方わかっとったしなぁ。問題は頭の硬いやつらじゃな」


 なるほど……雀荘エブリーだ。この店奥にラスボスお爺さんがいるかもしれない。

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