第一章 大阪に生まれた男

第一話「未来の知識が生えて」

「そろそろ起きないかなぁ……未来の契約者さまっ。痛みはないはずだけどねぇ?」


「どの異世界転生系アニメだっけ……ヒロインのアニメ声めっちゃ可愛すぎない?」

 思わず漏らした小さなつぶやきはもちろん誰かに向けての応答じゃなく独り言だ。


「AUTOCAD導入で急ぎの標準データ。卒業前だから寝不足でも休めないんだ」

 気持ち良さに堕落するような無意識の領域で甘酸っぱいアニメ声に反応を返した。


「ちょっと待って?」受験失敗で父の縁故入社したゴム加工機械メーカーの設計職。


「そも俺って誰だ?」速水ハヤミ来人ライト――理由のある名づけをDQN扱いでイジメられた。

 もちつけオレそれに仕事は週末ガイドヘルパーで移動支援担当介護福祉士じゃん。



 高卒就職して労災からヒマを持て余した夜間短大合格留年卒業でバブルを迎えた。


 転職先は深夜残業後のバイク事故……早期復職に焦り後遺症から実質クビ宣告だ。

苦心して見つけた設計コンサルは二晩連続徹夜業務……ニテツ後の病院送りだった。


 そもそもがアレ……中学は校内暴力全盛期で碌な環境じゃないから流れに任せた。

進学を選んだ工業高校のおバカに便乗して成績は上位だから勉強せずに勢い受験だ。


 元から私立選択肢がない貧乏家庭で徒歩圏工業電気受験の合格発表は建築だった。

流されて卒業前になり大学受験を志してもどこかに引っかかるような優秀さはない。



 親の勧めに従い二部上場企業に転職を促されて優秀すぎる周囲に叩きのめされた。

数年後に拾われる大手製鉄メーカー100%子会社の設計コンサルでは一人部署だ。


 頭部骨折後遺症による記憶力低下の必須資格落ちで三十代になるとリストラ対象。

その後は職を転々と変えながら役に立てようもない経験を得てからの福祉業界入り。


 声高にできないが私立文系卒クソ虫はお揃いで実務をこなせず足の引っ張りあい。

おバカ連中に三下り半を叩きつけ勝手気ままに働ける環境を選んだ雇われヘルパー。



 誰かの放つ熱い吐息なんて感じるはずがない状況で意識せずに大きく目を開いた。


『そっかぁ。未来の契約者さまでも齢を経るたび苦労マシマシ人生ツラかったねぇ』

 至近距離で悲し気な表情から一転して碧眼を見開いたビスクドールと見つめ合う。


「ここってどこ? おかしな展開だけど現実で……可愛い声のキレイな天使ちゃん。

朝から26号線路面凍結……もしかしてだけどオレあそこで事故死しちゃったり?」


 小さなつぶやきをこぼしながらテトラポットをはい回るフナムシ同様に後ずさる。

宝石じみた美しい碧眼をパチパチと瞬かせながら目前で頬を染める少女は硬直した。


 ほぼ正面から……短い金髪で二十センチそこそこの美少女フィギュアと対峙する。

よくよく見ると頭以外のすべてが七色に包まれて勝手な妄想から補完したっぽい――



『可愛くないし不器用だから。チンチクリンなあたし……美少女なんて褒めすぎよ。

ここで未来の契約者さまを死なせるはずないじゃん。お願いしたいことは一杯よ?』


「そのアニメ声と一瞬だけ視界に見えたフェアリーっぽい見目がかなり強烈だった」

 ちょっぴり唇を尖らせて顔を背ける彼女に天使は上位存在だよなと改めて考える。


『フェアリーは妖精だよ……ロボットアニメのチャム・ファウ? それっぽいけど』

「いい加減でゴメン。背羽が六枚って……熾天使のセラフィムだから高位なんだね」


『うはっさすが未来の契約者さまだ。お師匠さまに選ばれるほど物知り博士じゃん』

「いやぁこれでも令和六年アラカンまで生きたんだ……いま昭和六十三年だっけ?」


 イマイチわからない状況で起きた頭痛の結果【未来を歩んだ】記憶が結合される。



 小さな彼女……天使に助けられたんだよなぁ1988年12月25日の早朝労災。

ガードレール分離帯に弾かれ腓骨単純骨折と左足首関節挫傷の診断は重症だったよ。


 救急車搬送からリハビリを含めて全治三ヶ月……労災で留年した痛すぎる記憶だ。

あの事故が悪い意味で人生崩壊の原因かもしれない。あらゆる意味での発端だよな。


 1988年12月25日は昭和のラスト・クリスマスでキリストの誕生を祝う日。

三世紀ローマ皇帝アウレリアヌスにより太陽神生誕日と位置づけられた冬至になる。


 まさかの天使サポートつき……もう一度ここから人生をやり直せるかもしれない。


 四世紀にはキリストの降臨祭として定着する儀式記述が残されたのも絶妙すぎる。

キリストの関わりは別にイスラエルベツレヘムの生誕教会は現在まで残された名所。


 四世紀ローマ皇帝コンスタンティヌスが建立した世界最古と呼ばれる教会らしい。

祭壇地下でマリアがキリストを産み落とした確証はないが千七百年の歴史は本物だ。



「俺は速水ハヤミ来太ライタで頭脳アラカン身体ぴちぴち二十一歳。キミを何て呼べばいいの?」

『そのまんまのマリアでいいよ。種族名で表すと熾天使マリア・セラフィムだけど』


 もちろん口が裂けようと語れやしない客観的事実だけど人生初めての一目惚れだ。

恥ずかしさで口にできないリアル……いわゆる未来は実年齢そのままDT魔法使い。


『わざわざ脳内でイメージしなくていいから……末永くよろしくお願いしたいです』

 耳の先まで真っ赤に染めて見えない両腕を交差させるようにした七色が点滅する。


 彼女の仕草と動きがマジもんに可愛いすぎるし悪くない反応だよなぁと認識した。

ところで熾天使マリアさん。キリストの母とされる聖女マリアさんは無関係だよね?


 初対面から訳がわかんない好意マシマシ状態……これからどうすりゃいいのかな。

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