第13話 マロンの復帰2

 レインの声でマロンも身構える。マロンがレインと同じ方向に目を凝らすと暗闇からスライムが飛び出してきてレインに体当たりする。レインは慣れた手つきでスライムを盾で弾き飛ばす。


「魔法の準備が終わったら合図してくれ。それまでは守り続ける。」


 レインがその気になれば相手にすらならない敵だがそれをしてしまってはレインが来た意味がないのでレインはマロンに指示を出して守りに専念する。マロンはすぐに魔術詠唱に入り3秒ほどで魔法を完成させる。


「レインさん行きます。『ファイアーボール』」


 マロンが魔法を完成させるのとほぼ同じタイミングでレインはスライムを盾で大きく弾き飛ばしたことで魔法を放つための射線ができた。魔法攻撃に弱いスライムはマロンの炎魔法を受けるとそのままやられてしまった。


「ナイス攻撃。」


 敵が沈黙したのを確認したレインがマロンに声をかける。


「ありがとうございます。」


 マロンはそれに元気よく答えた。その後もしばらく単発の魔物と遭遇するのをレインたちは繰り返した。


「今度は2体だな。」


 1層のだいぶ奥の方まで潜ったところでレインたちは本日初めての2体の魔物に遭遇した。


「スライムとパラマウスだな。」


 パラマウスは前歯に麻痺毒を持っており、パラマウスに嚙まれると数秒間噛まれた部分が痺れ感覚を失うことになってしまう。連続でいろんな場所を嚙まれなければ問題は無いのだが対応が慣れてない新人冒険者はこの魔物にやられることも多い。


「落ち着いてさっきまでと同じ感覚で行こう。一体ずつ確実に仕留めていけば問題ないからじっくりいこう。」


 数が増えたところで落ち着いて同じ対応をすれば倒せるとレインは指示を出す。先に動いたのはスライムだった。スライムの体当たりをレインは先ほどと同じように盾で弾き飛ばす。しかし、レインが弾き飛ばして盾が体から離れたタイミングをレインが盾を持つ手と反対側からパラマウスに狙われる。


「ふっ。」


 レインは軽い身のこなしでバックステップしその攻撃を躱す。パラマウスは着地すると次の攻撃の狙いをマロンに定め突っ込んでくる。


「くっ。」


 自分に狙いを定められたことを感じたマロンは恐怖から反射的に魔法の詠唱をやめてしまう。マロンが詠唱をやめたのを見たレインはパラマウスとマロンの間に自分の体を割り込ませ盾でパラマウスをはじき返す。レインの動きを見たマロンは自分が詠唱をやめてなければ十分に間に合っていたことを理解する。


「仕切りなおそう。一回バック。」


 レインの言葉で我に返ったマロンは少し下がってもう一度魔法を構える。それからスライムとパラマウスのどちらが攻撃してくるかの差はあれどマロンが自分に攻撃が向いた瞬間にトラウマがフラッシュバックして魔法が打てない状況が続く。


「一回休憩だな。」


 さらに同じ状況が何回か続いたところでレインが一人で魔物を処理してひとまず戦闘は終わる。


「すいません。せっかく協力していただいてるのに。」


 マロンは申し訳なさそうにレインに頭を下げる。


「いや、この可能性があったから見に来たかったんだよね。」


 前衛が魔物に突破され後衛が命の危機に遭遇した場合、たとえ助かったとしてもトラウマから同じようなシチュエーションで魔法の詠唱に集中できず魔法が使えなくなること自体はこの街では珍しくはない。そして、それが理由で2次災害としてさらにパーティが壊滅するという例も過去に何度かあった。


「次こそは頑張るのでもう一度チャンスをください。」


 マロン自身、魔法を躊躇なく使えれば倒せるのは分かっているのだ。頭ではわかっているのに体が恐怖で詠唱をやめてしまい魔法が使えない。


「マロンさん、一つ聞いてもいいですか?」


 ここまで静かに見守っていたリンが戦闘開始以降初めてマロンに声をかける。マロンが小さくうなずくとリンが続ける。


「次に同じシチュエーションになったとしてマロンさんに自分が成功する姿をイメージできますか?」


 リンはマロンの目をしっかり見つめて聞く。


「いえ、できないです。」


 少し考えたあとマロンは声を絞り出すように言った。


「そんな状態で魔術師を続けるのは難しいです。わたしもそうだったのでマロンさんの気持ちはわかります。わたしも単体で出てくる敵には十分に対応できますし上層であれば敵との距離を保つことで相手が複数でもなんとかできたりするんです。ただ、最後まで味方を信じて詠唱し続けることができなくて冒険者として生きる道を諦めました。」


 マロンとリンは少しシチュエーションが違うだけで境遇はかなり似ている。リンの場合はトラウマを負った敵がオークだった。複数のオークに前衛が押し切られたことがパーティ壊滅の原因でそれ以降リンは前衛に命を預けて魔法を構えることができなくなった。それは魔術師としては致命的であることを悟ったリンは冒険者を諦めざる得なかった。


「リンさん、そうですか。」


 似た境遇のリンの言葉はマロンにかなりささった。もちろん時間をかければトラウマを克服するチャンスはあるかもしれない。きっかけさえあればだが。しかし、パーティとして戦えない冒険者がサポーターだけで生きていくのは難しい。そして、ダンジョンから一度離れてしまえばきっかけなんてできない。リンのように協会職員になるのがギリギリでダンジョンに近い形でのお金を稼ぐ手段になるがその道の先輩であるリンも戦闘に参加することなくトラウマを克服するきっかけがない間にかなり時間が経ってしまい冒険者に戻るつもりもなくなってしまったことを考えれば可能性はかなり低い。そもそもリンは協会職員としてキャンプ1までは協会の仕事で護衛がついている状況ならなんとか行けるがそれより先は行くことができない状況だ。


「それじゃあわたしは冒険者としてはもう厳しいんですね。」


 マロンはリンの話をゆっくり飲み込んで理解して絞り出すようにつぶやいた。


「いや、そうでもないよ。俺みたいな前衛もやる魔術師もいるんだし。」


 落ち込んでいたマロンにレインは新たな可能性を指し示す。

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