第2話 ギルドの条件

「冒険者ギルドですか。確かにレインさんならギルドマスターの資格を満たせる能力と実績は調べるまでもなくありますね。あとはお金だけですけどレインさんなら心配なさそうですね。」


 レインは素材を換金せずに蓄える習慣があった。急に必要になった時に困らないようにするためだ。そのことをリンは知っていた。そして、レインがお金のために冒険者をやっているわけではない事をリンはよく理解していた。


「お金の使い道があんまりなくてたまっていく一方なので貯金は結構あるんですよね。」


 趣味らしい趣味のないレインの貯金がたまる一方であることもリンからすれば今さらの事実である。


「じゃあ、一応ギルドの設立条件を確認しますね。まず、ギルドメンバーで9階層にあるキャンプ1まで行けることが最低条件です。これをギルド協会が認定することなんですけどレインさんの場合何度も一人でキャンプ1まで行ってるのは協会でも有名ですので大丈夫だと思います。」


 ダンジョンの9階層にある最初のベースキャンプ、それがキャンプ1だ。ここに到達することが冒険者たちの最初の目標であり、ここに安定して到達できることが冒険者ギルド存続の最低ラインだ。だから、この条件が満たせなければギルド設立なんて話にならないのだ。


「次にギルドメンバーに回復術師がいること、または21階層にあるキャンプ2に3回以上到達したことがあるものがいることですね。この条件に関してもレインさんは一人で両方満たしているので気にしなくて大丈夫です。」


 俺がケビンたちと到達した最高攻略層は32階層だ。当然だがその間にキャンプ2には何度も到達している。そもそもこの条件はベースキャンプに回復術師を送り込むためのものだ。各ギルドは回復術師をベースキャンプに派遣するかその護衛を引き受けるかどちらかをしなければいけない義務がある。だから、その能力があることがギルド設立の条件になるのだ。


「最後に資金ですね。まず、ギルド設立費用として1000万ダル必要になります。それから毎月ギルド更新にギルドランクごとに費用が発生するのでそちらもお忘れなく。その他にもギルド事務所が必要だったりでお金がかかりますから最初はかなりお金が必要にだと思います。」


 ちなみにキャンプ1では回復術師のバイトもできるのだがその手当は日給で200ダル。ギルドの更新費用は最低ランクのブロンズギルドでも100万ダルかかるそうだ。その代わりにギルドメンバーがダンジョンに潜る際の通行料が不要になる。そして、ブロンズランクのギルドの所属可能冒険者数は10人。最初から費用が回収できるギルドはほとんどいない。だから、最初の1年分くらいは払える資金力を蓄えてからギルドを設立することをリンは勧めているのだがレインの場合はそれだけの資金力もすぐに費用が回収できるようになるだろうという予感もリンにはあった。


「この条件が達成できることを確認した上で協会の上級職員からの推薦が必要なんですけどこれもわたしの名前で出しちゃえばいいですし、問題無さそうですね。まあ細かいルールについては正式に設立が決まった時にするのでとりあえずは大丈夫です。あと必要なのは名前と事務所ですかね。資料はこっちで作っておくので決まったらおっしゃってください。」


 リンはギルド設立の資料を見ながら説明を終えるとそう言った。


「何から何までありがとうございます。」

「わたしが今生きてるのはレインさんのおかげですからこれくらいは。少しでもれいんさんのお役に立てるならいくらでもお手伝いしますよ。」


 リンもこの街に来た当初は冒険者としてダンジョンに潜っていた。しかし、リンが組んでいたパーティはリンを残して壊滅した。そして、命からがら逃げまわっていたところを助けたのがレインだった。結局リンはその事件がトラウマになって冒険者を続けることができず協会職員としてこの街で働いている。


「それ以降は俺の方がお世話になりっぱなしですけどね。」


 協会職員になったリンにレインはかなり力になってもらっていた。ギルドに所属していないレインたちがダンジョン攻略の最前線で戦っていけたのは彼女の存在も大きい。それくらいリンはレインたちの手助けをしてくれていた。


「リンさんたいへんです。」


 そんな話をしていると一人の協会職員がレインたちのところに近づいてきた。


「エストさん、どうかされました?」


 エストはリンの同僚であり、リンにとっては入った時期一番が近い同性なこともあって協会で一番仲のいい職員だ。


「協会の確認不足で追加発注されていた物資がキャンプ1に送られず残ってしまっているようで。」


 報告を受けたリンは送り忘れられた物資のリストを確認する。ダンジョン内にベースキャンプを設置するうえで必要になるのが食料や医療品などの物資だ。これを輸送部隊を編成し、物資を届けるのも協会の仕事の一つだ。


「今回の輸送担当は新人のポーターくんですか。ってこれキャンプ2から要請があって流した分の緊急要請じゃないですか。そしたら明日まで待ってってわけにもいかないですよね。」


 物資はより供給の遠いキャンプ2が優先される。比較的輸送が簡単なキャンプ1にはキャンプ2で必要になるだろう物資を予想して多めに送るのだが予想外のことが起こればそれでは足りなくなってしまう。その場合はキャンプ1の物資を削ってキャンプ2に送り、その分を協会に追加要請するのだが今回はその緊急要請分の輸送を忘れてしまったらしい。


「この量なら運ぶのはわたし一人でなんとかなりそうですね。レインさん、悪いんですけど緊急でキャンプ1まで護衛をお願いしてもいいでしょうか?」


 物資の輸送は協会職員が必ず同行することになっている。これは過去に輸送を依頼された冒険者が中身を盗んだりした事件があったためだ。


「困ったときはお互い様ですからね。俺でよければ力になりますよ。」


 レインもベースキャンプには何度もお世話になっている。だから、ここでの物資不足がどれほど大変なことかは理解している。


「それじゃ、すぐに準備してダンジョン前集合で。今からなら今日中に間に合いそうですし。」


 リンはそう言って準備に取り掛かろうとする。


「待ってください。レインさんがどんなに優秀でも護衛が一人じゃ危険です。他の護衛も探すべきです。」


 エストがその危険性を指摘する。リンが過去のトラウマもあってダンジョンでの戦闘では戦力として期待できないのはエストもよく知っている。


「そうは言ってもこの時間じゃ戦力として期待できる冒険者はすでにダンジョンの中か飲み始めてますし。それに人数が増えると今日中に間に合わなくなるでしょうからこれから護衛を探すのは悪手かと。」


 この街の冒険者たちは働かないと決めれば昼からでも平気で酒を飲む。そうでなくても人数が増えたら増えるだけ時間がかかってしまう。下手すればダンジョン内で野宿という可能性まで出てくる。そのリスクは避けなければならないのをエストも理解している。


「必ず無事に帰ってきてくださいよ。」


 結局、今から準備しても今日中にキャンプ1に届けるのがギリギリだと理解しているエストが折れる形でレインたちの緊急輸送クエストが決まった。

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