第5話
空には昨日と同じ方角に三日月が浮かんでいた。
夜、僕はひどい自己嫌悪に襲われていた。
僕は本当にダメな人間だった。
ミネルバ先輩には研究で良い成果を残せるなんて言われたが、そんな気は自分自身、微塵も感じない。
――誰も僕なんか見ていない。
一度、彼女は研究室を去った。
僕は焦った。そして……気付いた。
僕が追いつくことなんてないってこと。
ミネルバ先輩が真実を言う薬を発表した時、僕は後輩として、とても嬉しかった。
でも、同時に離してしまったなと思った。
あの日、遠くにいってしまわないようにと掴んだ彼女の手を。
僕はずっと先輩の背中を追っていた。彼女はいつも掴めそうで掴めなかった。
だが、後悔ももう遅い。のんびりと歩いていたうちに先輩はもう追いつけないところまで辿り着いていた。僕は置いて行かれた。
彼女の背中は遥か遠く。
もうそこから振り向いてくれそうにない。
彼女の研究は色んな賞を獲った。
貰ったらしい。賞を。
あの日、嫌いと言っていた奴等から。
彼女のビシッとしたスーツ。礼儀正しさが伝わってくる背筋。
僕はテレビ越しにその表彰式を見ていた。
――せめて、嫌そうな顔くらいしてよ。嫌いだったんじゃなかったの?
きっと先輩なら。こんなの先輩じゃ……ああ、そうですか。
――先輩の欠点はすべてメイクだった。
先輩は変わったわけじゃない。最初から嘘だったんだ。
だらしない所も、面倒な性格してる所も全部全部。
元々、あの人は完璧な人だったんだ。僕とは違う。
きっと元から住んでいる世界が違かったんだ。
あの人と比べれば、僕なんか道端の小石と変わらない。
僕なんかいなくてもそんなの気にせず、世界は普段通り回り続けるだろう。
僕はどうやらずっと落胆していたらしい。自分という人間の価値のなさに。
期待を裏切った自分自身に。
……でも、そう。
あの人が悪いわけじゃない。
僕が勝手に本物とは違うあの人の姿をつくって、憧れて、殺しただけだ。
全て僕が悪い。
なのに今日は……ああ、僕ってやつは本当に最低なやつだ。
明日、ちゃんと謝ろう。ああ、ちゃんと。
大丈夫、大丈夫なはずさ。
辛いけど、辛いだけ。変わったことを咎める権利なんて誰にもないんだ。
でも、もし謝ったらもう……
本当は、まだ夢を見ていたい。
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