第16話:転換期




 早朝の王太子の襲撃は、あの一日だけで終了した。

 リエッキネン侯爵家から、正式に抗議文を送られたからである。

 影からの報告を聞いて、それも一つの手かもしれないと国王が思ったかどうかは本人にしか解らないが、王太子の突撃を止めなかったので同罪だ。


 王太子は、自分に影がついている事を知らない。だから自室で、計画を声に出していたのだ。

 そして影は、報告したのに何もしなかった国王にも不信感を持ち、王妃の元へと行き、全てを報告した。


 王妃の役割は、後継者を産み国王を支える……だけでは無い。

 国王が間違えた事をすればそれを正し、軌道修正させる。

 それが叶わなければ、冷酷な判断をくだす事になる。


 この役割は国王も知らず、王妃になった者のみが知る。王妃も将来、自分が王妃の座を退く時に後継者へ伝えるつもりだ。

 そしてそれはマルガレータだと思っていた。



「それでは、王は王太子をたしなめもせず、リエッキネン侯爵家へ行くのを黙認したのですね?」

 冷たい声が室内へ響く。

 影は同意の意味を込め、静かに頷く。

 夫も息子も名前で呼ばないのは、王妃としての采配を振るう心づもりだからだろうか。


「未遂に終わったからといって、許すわけにはいきません。一ヶ月程反省してもらいましょう」

 王妃の言葉に、別の影が動いた。

 明日から一ヶ月間、国王は理由不明の体調不良になるのだろう。

 公務には支障は無いが、疲れやすかったり食欲が落ちたり、時にはお腹を下したりするのかもしれない。


「王太子には、襲われる恐怖を味わわせてあげなさい」

 これで反省しないなら、それまでの人間って事ね、と王妃が呟いたの聞いて、影は背中に冷たい汗が流れたような気がした。

 実際には、体の代謝を落とす訓練を受けているので、汗などもほぼ掻かないのだが……。




 王太子が一身上の都合により学園を休んでいる間に、色々と状況が変わっていた。

 まず一番の変化は、やはり隣国からの留学生だろう。


「クスタヴィ・フルスティ・テルヴァハルユと申します。短い間ですが、よろしくお願いします」

 そう挨拶をした隣国の第二王子は、髪を短く刈り込んだ体格の良い、まるで騎士のような人物だった。


 そしてその隣で、うっすらと笑みを浮かべている幼さの残る顔の少年。

「アールト・ヤルヴィサロです。本当なら皆さんの二つ下なのですが、エーデルシュタイン王国で既に飛び級をしていてクスタと同じ学年なので、こちらに編入しました」

 王太子よりも余程しっかりしているように見える、第二王子だ。


 茶髪・青眼の王太子と違い、金髪・青眼で女顔の第二王子は、ヴァルトと雰囲気が似ていた。

 そして中身の出来も良いところまで一緒のようだ。

『王太子が曾祖父様ヴァルトを嫌っている理由が帰って来ましたわね』

 ティニヤも実物を見るのは初めてなのか、驚いた顔をしている。


 王太子と第三王子は国王似の茶髪なので、皆勝手に第二王子も茶髪だと思い込んでいた。

 王妃が見事な金髪なのだから、金髪の子供がいてもおかしくは無いのに。



「え、ヤダ。カッコイイじゃない」

 独り言と言うには大きな声を発したのは、王太子が居ない為に最近はずっと一人で過ごしているサンナである。


 王太子の恋人として認知されているので、男子生徒は王太子の誤解を恐れて近付く事は無い。

 女生徒は、王太子の婚約者の座を狙う者は敵とみなして近付かず、それ以外の者は常識の無いサンナを嫌って近付かなかった。


 その「カッコイイ」がどちらに向けたものかは判らないが、同級生達の反感を買うには充分な言葉だった。

 侯爵令嬢から王太子を奪った上に、まだ他の王子に粉を掛けるつもりなのかと。



 勿論それに気付かないのがサンナである。熱い視線を王子達へと向けている。

 その視線に気付いたからだろうか。アールトがとても爽やかな笑顔で惚気ノロケだす。

「皆様にお願いがあります。私の婚約者は隣国の公爵令嬢なのですが、この国で流行しているアクセサリーを教えてください。プレゼントしたいのです」


 しかしアールトの言った事の意味が解る者は少なかった。

 長年隣国で暮らしていた為に、向こうの言葉とこちらの言葉の微妙な違いをアールトは気付いていない。


「この国で流行りの宝飾品を婚約者に贈りたい、という事でよろしいでしょうか?」

 マルガレータとコソリと相談した後、ヨハンナが手を上げてアールトへと質問する。

「あれ? アクセサリーってエーデルシュタイン独特の言葉だっけ?」

 アールトが横のクスタヴィへと問い掛けるが、当のクスタヴィは呆然と一点を見つめていた。



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